Facebook柴田 栞奈さん投稿記事·
香川宣子先生から💓💓緊急のお知らせです🍀🍀🍀ドキュメンタリー映画「聖櫃が現れる日」剣山で映画🎬の取材が16日は色んな神社⛩、17日は剣山であるそうです🌟🌟🌟
🌟先生はお元気でお過ごしですよ🌟
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後調正則さんという映画監督さんです。ドキュメンタリー映画のタイトルは「聖櫃が現れる日」にしようと思ってるそうです。約70分かもう少し長い長編ドキュメンタリー映画になるとの事。
徳島の主だった神社を取材して、あさっては剣山を取材して帰りに京都で祇園祭りの後を取材して帰るそうです。
コロナ、ウクライナ戦争、安倍さん襲撃事件といろんな事が起こり世界が混沌とし始めたから、安倍さんのおっしゃる美しい日本とは、日本人のアイデンティティ慈愛と寛容をドキュメンタリーにしたいという趣旨です。そのためには、阿波の存在が日本人の故郷だから、必要になるというようで。
仕上がるのは、来年一月過ぎくらいに考えてますとの事です。
また、ご報告します。
このことは、みんなに今から伝えていいそうです。皆さんにフェイスブックやラインで伝えてくださいね!❤️
https://san-sen.com/power-spot/2014-0717/ 【【2014】7・17~ モーセ と つるき山 ~モーセ~UFO~アークとともに】より
あなアッパレ!
言靈ヒーリング協会®代表の水谷こと、アッキーです^^
7.17 モーセのお墓まえりとアークにまつろいに剣山へいってきました!??
ちんぷんかんぷん となったあなた!
簡単な話、徳島県の剣山に「アーク」と呼ばれるものすごい秘法が存在し、それを見つけると歴史がかわるくらいスゴ~~~イことが起きるというわけです♪
そして、直観によるとアークは四次元の剣山にあります。
しかしわたしたちの三次元とすこしズレた、四次元の世界にあるので、このアーク、普通の方法では見るコトも触れるコトもできません。
今まで大勢の方が剣山でアークさがしに精を出したのですが、誰もみつけていないのにはそういった理由があるのでしょう。
わたしもアーク発掘2回目の挑戦ですが、今回は言霊奥義「ひふみの舞」で、共鳴できるか探ってきたいと思っています。
「ひふみの祝詞」は、太陽のエネルギーと一体化する最強の言霊配列です。
そして「ひふみ祝詞」+「舞」が組み合わさる「ひふみの舞」は、太陽のような強大なエネルギーと一体化できる「舞」、つまり最強の舞なのです。
「舞」にはもともと、「つるき」という意味があります。
剣(つるき)とは、離すもの、断つもの。天寿の尽きた霊を帰すものという意味があり、
剣(つるき)の役割とは = 不用になったコト(現実)を離すチカラをもつ
なので、剣山で「ひふみの舞」を舞うコトで、単純にその効果が∞無限大∞になると予測されます。
※ダブル「つるき」になるので
ちなみに、6月13日(金)公開の映画「ノア」。
そのノア方舟がたどり着いた日が7月17日、辿りついた先が剣山といわれています。
そんな偶然おもしろいですよね・・・。
今日も三串(偶然が三つ重なるコト)をありがとうございます。
モーセ~UFO~アークとともに
なすび兄貴との待ち合わせ場所に行くべく、最初目指したのは禊の場所「コリトリ~」
ユダヤ語で「約束の聖地」という意味があるそうな。
剣山関係の記事を読んで頂いた方はわかると思いますが、実は剣山、ユダヤやイスラエルととっても関係深い場所なのです!
・剣山にはモーセのお墓があり・ノアの方舟が辿りつき・UFOがたくさんやってくる
妖しさ三位一体の場所!
無事コリトリに着き、まずは滝の禊♪首に顔にガンガン滝当たります!
祝詞を唱えていたら、口や鼻に水が入って「ウエップ、ウエップ」
その様子をみてなすび兄貴爆笑(笑)
天候があまりよくなかったので、剣山に上る前に、雲消しの舞♪
なすび兄貴と剣山の表参道といわれる、少しハードな登山コースでスタート!
一番左の登山ルートが表参道。ロープウェーのある方は正式ルートではないようです。
途中、少し雨にふられるコトもありましたが、それもまた天の禊となり、無事に山頂到着!
イスラエル、パレスチナの戦争が終結に向かいますように、地球安泰の祈りを剣山本宮で捧げました。
宮司さんと一緒に石川五右衛門の舞♪
このポーズ気に入ってます(笑)
なぜ無意識でこのポーズをしたくなるか、自己分析したところ・・・
なんとなく石川五右衛門がぼくの前世と関係あるような気がしております・・・
うーん、ちょっぴり悪い人だったのかな・・・
そして夜。
UFOみまくり!
なすび兄貴と村上ご住職とわたしと、3人でオーム真言を唱えていると、月から光があらわれ、シュシューンと、消えたではありませんか!?
オーム真言で呼べたコトにビックリ(゜o゜)
オーム真言・・・
カミムカイととっても関係深い真言・・・
太古の昔、宇宙人がカミとして崇められていた時期があるのかもしれません・・・(すんごく深いことサラッと書いたので、意味不明だったらスルーして下さ~い)
その後、3人で乾杯して、イスラエルとユダヤと日本のコト、これからの未来の話をして寝袋にくるまりながら、夜空を眺めていると・・・
またしてもUFO発見!
3人で別々のUFOを合計10機以上みた、楽しい夜となりました!
そしてぼーっと月を見ていたら、急に月の中に見たことがないような図形?マントラ?が描き出されました!
第三の目・・・まさしくオーム真言で開かれるという第三目に、くっきりとアークが映し出されたました!
オーム・・・アーク・・・UFO・・・剣山・・・
きっと大昔、この剣山の山頂は、UFOという神なる存在と交信する、一つの聖地だったのかもしれません。
そして剣山本宮が祭っているスサナルノオオカミとは、もしかしたら・・・宇宙人のコトなのかも?
神代の夜明けとともに、宇宙時代の夜明けも近づいているような、そんな気がしました。
剣山山頂での野宿!?という修行・・・のような思いつきは、さすがにキツク・・・。
夜は風がつよかったので、「風さん弱くふいてね~」と何度も言霊ヒーリングでお願いいたしました。
そのお蔭か、風は弱くなったものの、朝方になると朝露がすごく・・・凍えながら、寒さで眠れずほとんど徹夜での山頂で迎える夜明けとなりました。。。
夜眠れなかったそのお蔭で、UFOや流れ星を何十個もみれたので良かったので、結果オーライですが。
あっぱれ山頂の夜明け~!
太陽とともにひふみの舞
なすび兄貴にひふみ祝詞を唱えてもらい、村上住職とわたしで舞い踊り、心地よい朝の祈りの捧げさせていただきました。
朝一下山。
モーセのお墓で、大祓詞奏上
奏上後、わたしのお気に入りの場所で、「モーセよ、その御力をわれにあたえたまえ」と言霊を唱えていると・・・
あふるる言霊のチカラが!
祝詞が、祝詞が・・・自分のオリジナルで自在につくれるようになっちゃった!!!かも♪
モーセに感謝! ラッキ~♪
(後光がかかるM先生)
そして、モーセのお墓を後にしようとするとき、不思議なM先生との出会い、これまた「神とかかわる礼儀」についてとても深いお話をきくことができました。
モーセ~UFO~アーク
すべては繋がっており、剣山は言霊のチカラを高める場所なのだと改めて再確認いたしました。
来年の7月17日もココに来たいと、そうこころから思います。
いつもご拝読頂きありがとうございます!
家族みんなでヒーラーに♪
かむながらたまちはえませ いやさかましませ~
言霊ヒーリング協会®代表 水谷哲朗 拝
https://nihonjintoseisho.com/blog001/2017/12/21/japanese-and-jews-85/ 【【日本とイスラエル】言霊】より
言葉の力
日本とイスラエルの類似した風習について、日本ユダヤ教団のラビ(教師)として、日本に10年以上居住したことのあるマーヴィン・トケイヤー氏の著書「日本・ユダヤ封印の古代史」から紹介しています。
「言霊(ことだま)」への信仰
日本の古神道には、「言霊(ことだま)」への信仰がある。これは、言葉を単なる言葉として見るのではない。言葉には不思議な霊力が宿っているという考えである。
言霊学とカバラ哲学
私のもとに、神道家から贈られた言霊に関する本がある。それを読むと、その細かい内容はともかくとして、そこに展開された言霊学は全体的にユダヤ教のカバラ哲学に非常によく似ていると、感じさせられる。カバラは、ユダヤ教の神秘主義の一派で、やはり言霊を信じるのである。
神の言葉、信仰の言葉
しかし、たとえ神秘主義まで行かなくても、聖書の思想は確かに言霊を信じるものである。なぜなら創世記の冒頭に、神が「光あれ」と言われると光があった、と記されている。神の言葉は言霊である。それは単なる言葉ではない。霊力を宿した言葉である。人間においても、信仰を宿した言葉、心のこもった言葉には霊力がある。
ユダヤ人と日本人
ユダヤ教からカバラが生まれ、日本神道からは言霊学が生まれた。このことは両教、またユダヤ人と日本人に、根本的に似たメンタリティがあることを示しているように思える。
神聖視されている音「ヤ」
また言霊学では、「ヤ」の音は神聖視されていると聞いた。実際、「ヤマト」「ヤサカ」「ヤタ」「ヤシロ」などの聖なる言葉に、「ヤ」の音が含まれている。ユダヤ教でもこの音は神聖視されている。それは聖書の教える神の御名(ヤハウェ)の短縮形だからである。(本からの引用は以上です。)
聖書を読みましょう
それでは今日も聖書の続きを読みましょう。聖書は神様を中心にして生きようとしたイスラエル人の記録であり、日本人にも深い関係があると考えられます。キリスト教の教典としてではなく、日本人として聖書を読んでみてください。
新約聖書 ルカによる福音書 5章12~16節
イエスがある町におられた時、全身らい病になっている人がそこにいた。イエスを見ると、顔を地に伏せて願って言った、「主よ、みこころでしたら、きよめていただけるのですが」。
イエスは手を伸ばして彼にさわり、「そうしてあげよう、きよくなれ」と言われた。すると、らい病がただちに去ってしまった。イエスは、だれにも話さないようにと彼に言い聞かせ、「ただ行って自分のからだを祭司に見せ、それからあなたのきよめのため、モーセが命じたとおりのささげ物をして、人々に証明しなさい」とお命じになった。
しかし、イエスの評判はますますひろまって行き、おびただしい群衆が、教を聞いたり、病気をなおしてもらったりするために、集まってきた。しかしイエスは、寂しい所に退いて祈っておられた。
主よ、みこころでしたら
この全身らい病になっている人はイエスに「何が何でも病気を治してくれ」とは言わずに、「みこころでしたら、きよめていただける」と言いました。それは神様を中心にした生き方だと思います。何が何でも治して欲しい。そのためなら宗教でも、修行でも何でもやる。それは自己中心だと思います。
イエスの言葉
イエスが「そうしてあげよう、きよくなれ」と言うと、たちどころにらい病は去ったとあります。確かにイエスの言葉には力があったということだと思います。イエスを通して神様の力が働いていたことを示しているのだと思います。
だれにも話さないように
不思議なことにイエスはだれにも話さないようにと言い聞かせました。その理由は記されていないのではっきりとは分かりませんが、イエスはそういう評判が広まらないようにと考えていたのかもしれません。大切なことは病気が治るということではなく、神様を中心にして生きるということだからではないでしょうか。
祈っておられた
おびただしい群衆が集まって来ましたが、イエスは寂しい所に退いて祈っておられたとあります。イエスにとって神様に思いを向け、祈る生活が大切であったということではないでしょうか。いつも神様を中心にして幸いな人生を生きるためには、毎日時間を決めて、神様に思いを向けて祈り、いつも神様を意識できるようにすることが必要だと思います。
いかがでしたか
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