https://www.mri.co.jp/knowledge/column/20200623.html 【感染症と下水道】より
2020年初頭より新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界中で大流行し、収束のめどがなかなか立たない状況にある。赤痢、コレラ、チフス、インフルエンザなど、感染症の歴史は人類の受難の歴史ともいえる。読者の皆さまは、人間の生命を脅かす存在であるこうした感染症と下水道との関係を意識したことはあるだろうか。実は、感染症の予防や対策上、下水道は非常に重要な機能を果たしている。
感染症対策における下水道の機能①:感染リスクの抑制
人が都市に集中的に住むようになり、尿や大便が街中に投棄されることで衛生環境が悪化し、19世紀にはコレラなどの感染症が世界で大流行した。しかし1856年に英国・ロンドンを皮切りに近代的な下水道が整備された結果、都市の衛生環境は劇的に改善した。感染症の主要な感染経路には、接触(経口)感染、飛沫(ひまつ)感染、空気感染の3つがある。排せつ物、生活排水を含む汚水を下水道に流すことで、近代都市では、特に接触感染、飛沫感染の機会を減らすことに成功してきた。
一方で、汚水を排水管や下水管に集約することで、さまざまなウイルスや菌を自然界へ循環させることにもなった。家庭やビルからの汚水に含まれるウイルスが下水道に流れ込み、下水処理場から川や海、時には生物を経由して再び人間に取り込まれることで接触(経口)感染が発生する場合がある。牡蠣(かき)などの二枚貝を十分に加熱していない状態で食べ、食中毒を起こした経験のある方もいるだろう。原因となるノロウイルスは人の口から体内に侵入し、感染者の排せつ物を通して下水道に流入し、処理場の浄化処理をかいくぐった一部のウイルスが河川に排出される。やがて海に流れ着いたウイルスは二枚貝類に吸い込まれ内部で濃縮され、また人体に戻って感染を繰り返すといった感染サイクルが知られている※1。
こうした接触(経口)感染を抑制することは、下水処理システムに膜処理などの「確実にウイルスを除去する」工程を導入することで技術的には可能である。世界の河川や海がつながり、食料のグローバル流通が一般化していることを考えると、汚水を通じた接触感染を確実に抑えるためには新興国を含め、汚水処理基準を国際的に標準化することも有効だろう。ただし、処理場からの放流水に含まれる栄養塩類は海面養殖における肥料(餌)を補充し、品質の維持と養殖にかかる手間と費用を軽減する場合もある。処理技術の高度化は、人への健康リスクと適度な処理とのバランスを含めた、全体のバランスの中で考える必要がある。
都市内での不適切な汚水管理・運用が引き起こす、ウイルスの飛沫(ひまつ)感染の例もある。2003年にSARS(重症急性呼吸器症候群)が流行した際、香港の高層マンションで集団感染が発生した。その一因として、WHOの調査では、病原体ウイルスを含んだ汚水のごく小さな飛沫が排水口を通して一部の部屋を汚染し、またバスルームの換気扇を通じて建物全体に広がった可能性があることを指摘している※2。これを抑制するには、都市全体の下水道管路や処理場を高度化するだけではなく、個別の住宅やビルなど建物内の配管を含めて、定期的な点検や掃除、トラブルや老朽化が起きた場合の修繕など、適切な維持管理を行うことが重要である。
ウイルスや細菌を含む汚水を集約して処理する下水道であるが、同時に人間が使用する薬剤成分も集約するため、薬剤に耐性を持つ菌類を生み出すことも懸念される。これは、薬剤耐性(AMR)問題と呼ばれる。感染症を治療する上で有効な抗菌薬が人や家畜などに多用されることで細菌が耐性化し、人や家畜の排せつ物を通じて下水に流入、やがて自然環境中に流出することで、新たな薬剤耐性菌が発生する※3。この薬剤耐性を持つ細菌が繁殖し、その細菌が人に感染してしまうと、抗菌薬の効かない感染症が増加し、感染症予防・治療がますます困難となってしまう。現在、世界各国で抗菌薬の適正使用を推進するための普及啓発活動や、薬剤使用量データの定量分析・評価、新薬の研究開発といった多方面からのAMR対策が進められている。
感染症対策における下水道の機能②:ウイルス・細菌検知の可能性
下水管理・処理システムは、このように感染症のリスク低減に古くから貢献してきたが、近年、新たな機能提供の可能性が指摘されている。収集された汚水の採取、検査、結果分析という定期的なモニタリングを行い、公衆衛生に影響を及ぼすウイルスや細菌を検知、集水エリア内にアラートを発するという機能である。
汚水に含まれる汚染物質やウイルスを感知する研究はこれまでも世界各地で進められてきたが、新型コロナウイルス感染症の流行を契機として、世界中でパイロット事業が進み、ウイルス検知のビジネスが拡大していく可能性がある。
検知方法の一例として、バイオセンサーの活用を挙げる。バイオセンサーは生体分子を識別する化学技術であり、技術の発展に伴い臨床診断検査、食品産業、環境分野など多分野で活用されてきた。医療分野では米国に拠点を置く企業が供給の大部分を占めている※4。
国内では、産業技術総合研究所が汚水に混入したウイルスを光と動きで検出するバイオセンサー技術の開発を発表している※5。現状は技術開発フェーズであるが、今後技術実証を経て実用化が進めば国内外の感染症対策に寄与できる。
行政による取り組みも進められている。東京都下水道局では2020年5月13日より下水処理場の下水を採取・保存し、下水中に含まれるコロナウイルス量を把握することで、感染拡大の兆候を把握できる可能性を確認する研究を進めている※6。自治体主導による下水道設備を活用した感染症対策の実現が期待される※7。
分野横断型の連携が日本企業のビジネスにつながる
日本は1950~60年代以降、下水道をはじめ、農村集落排水、浄化槽など、地域に応じた規模の汚水処理システムを段階的に整備してきた歴史を持つ。全国の汚水処理人口普及率は2018年度末時点で91.4%である※8。ヨーロッパ各国など、近世に伝染病が流行して以降、長い時間をかけて下水道整備を始めた国々と比べても、日本は短時間で高い普及率を達成している。また1970年の下水道法の改正によって、下水道は、公衆衛生の改善だけでなく、河川や流域など、公共用水域の水質保全という重要な役割を担う目的で整備されてきたことから※9、衛生面と環境面の課題を横断的に解決可能なインフラといえる。ヘルスケアやITなど、異業種企業が保有する、センサー、通信デバイス・通信インフラ、データの分析・予測ソフトなどを下水道分野に積極的に活用し、下水処理場や管渠(かんきょ)の調査、異常検知時の自動アラート機能、ビッグデータ解析に基づく運営支援、処理場の遠隔監視・コントロールなどを実現・展開する分野横断型の連携も考えうる。また下水道は公共事業の色合いが強いため、地方自治体と民間企業が協働する官民連携の側面も非常に重要である。
下水道や水環境改善など、汚水管理分野では、汚水処理率の低い東南アジア各国に対して日本が政府主導で多様な支援を行っている。環境省ではアジア各国での水環境改善に関する「アジア水環境パートナーシップ(WEPA)※10」を立ち上げ、国土交通省ではASEAN5カ国+日本から成る「アジア汚水管理パートナーシップ(AWaP)※11」を設立し、東南アジア各国との政策対話や日本企業とのマッチングなどを支援している。このようなGtoGの枠組みも活用して、日本の技術を海外に積極的に展開することで、新たなビジネスにつながる可能性がある。
今回感染症対策の機能として、感染症リスクの抑制、ウイルス・細菌検知を取り上げたが、この双方で日本は世界に貢献できる可能性がある。当社では、国土交通省から「異業種技術の下水道分野への活用に向けた戦略検討業務」を受託し、異業種企業の技術について下水道分野への活用可能性の検討を進めている。また国土交通省の国際業務として上記AWaPの対象国が参加した国際会議の開催支援も行っている。このような取り組みを通じ、今後とも日本の下水道技術が世界の感染症対策に貢献できる可能性を探っていきたい。
※ 1:国立感染症研究所「ノロウイルス感染症とは」
https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ra/legionella/392-encyclopedia/452-norovirus-intro.html(閲覧日:2020年5月25日)
※ 2:World Health Organization, “Severe Acute Respiratory Syndrome (SARS) - multi-country outbreak - Update 33”
https://www.who.int/csr/don/2003_04_18/en/(閲覧日:2020年5月8日)
※ 3:AMR臨床リファレンスセンター「薬剤耐性(AMR)とワンヘルス(One health)」
http://amr.ncgm.go.jp/medics/2-6.html(閲覧日:2020年5月8日)
※ 4:Thomas Industry Update, “Top USA and International Biosensor Suppliers”
https://www.thomasnet.com/articles/top-suppliers/biosensor-companies/(閲覧日:2020年5月25日)
※ 5:国立研究開発法人産業技術総合研究所「極めて低濃度のウイルスを簡便に検出できるバイオセンサーを開発-ウイルス粒子を光と動きで検出-」
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2016/pr20161220/pr20161220.html(閲覧日:2020年5月25日)
※ 6:東京都庁「下水中の新型コロナウイルスの分析に向けた対応について(第334報)」
https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2020/05/12/14.html(閲覧日:2020年5月8日)
※ 7:なお、2020年6月16日、富山県立大学と金沢大学の合同の研究グループが、処理されていない下水から新型コロナウイルスを検出することに国内で初めて成功したと発表した。今後も採取を続け、分析や測定方法の確立を目指すとしている。
富山県立大学(プレスリリース)「国内下水試料中の新型コロナウイルスの検出」
https://www.pu-toyama.ac.jp/press_releases/2020/06/16/8210/(閲覧日:2020年6月17日)
※ 8:環境省「平成30年度末の汚水処理人口普及状況について」
https://www.env.go.jp/press/107120.html(閲覧日:2020年5月25日)
東日本大震災の影響により調査不能な市町村を除いた集計データを用いた数値。
また、2018年度末における全国の下水道普及率は79.3%(下水道利用人口/総人口)である。(公益社団法人 日本下水道協会「都道府県別の下水処理人口普及率」
https://www.jswa.jp/sewage/qa/rate/(閲覧日:2020年5月25日)より)
※ 9:国土交通省都市・地域整備局下水道部「下水道の歴史」
https://www.mlit.go.jp/crd/city/sewerage/data/basic/rekisi.html(閲覧日:2020年5月25日)
※10:「アジア水環境パートナーシップ Water Environment Partnership in Asia (WEPA)」
http://wepa-db.net/jp/index.html(閲覧日:2020年5月22日)
※11:国土交通省「アジア汚水管理パートナーシップ AWaP(エイワップ):Asia Wastewater Management Partnership」
https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/sewerage/mizukokudo_sewerage_tk_000610.html(閲覧日:2020年5月22日)
https://amethyst.co.jp/1164/ 【「細菌」と「ウイルス」の違いについて】より
こんにちは。アメジスト編集部です。今回は感染症を引き起こす「細菌」と「ウイルス」の違いについてご紹介したいと思います。
生物かそうでないか
どちらもヒトに感染症を引き起こす微生物ですが、決定的な違いとしては、細菌は生物であり、ウイルスは生物とは言い切れないところです。
言い切れないとした理由は、統一された定義がないからですが、多くの生物学者が認めている生物の定義とは、以下の3つの条件を満たすものです。
(1)体が膜で仕切られている ・・・膜によって、体と外界とがはっきり分けられている。
(2)代謝を行う・・・エネルギーを使って生命の維持活動をしている。
(3)子孫を残す(自分の複製を作る)・・・自分の遺伝子を受け継ぐものを自分で生み出せる。
細菌
「(1)体が膜で仕切られている」に対しては、基本構造として細胞壁、細胞膜、細胞質、核など細胞構造を有しているので満たします。
「(2)代謝を行う」に対しては、栄養源や水分が生育に必要で、代謝を行いますので満たします。
「(3)子孫を残す(自分の複製を作る)」に対しては、栄養源等があり適切な環境下において自己増殖できますので満たします。
(1)~(3)の条件をすべて満たしますので細菌は生物ですね。
ウイルス
「(1)体が膜で仕切られている」に対しては、細菌のように細胞壁,細胞膜,細胞質,核などの細胞構造を有してはいませんが、ウイルスは遺伝情報である核酸(DNA又はRNA)をタンパク質で出来た殻(カプシド)に包み、一部のウイルスはさらに脂質でできた膜(エンベロープ)で包んだ構造をしており,外界との境界は明確なため満たします。
「(2)代謝を行う」に対しては、エネルギー代謝を行いませんので満たしません。
「(3)子孫を残す(自分の複製を作る)」に対しては、自己複製を行いますので満たします。
(2)の定義を満たしませんのでウイルスは厳密には生物でないといえます。
でもウイルスは“微生物”という括りの中には入れられていますのでややこしいですね・・・。
大きさは?
細菌もウイルスも微生物という名のとおり非常に小さいものです。細菌はヒトの細胞の10分の1程度の大きさなので光学顕微鏡で見られますが、ウイルスは細菌よりもさらに小さく、ヒトの細胞の100~1000分の1程度の大きさですので電子顕微鏡でないと見ることは出来ません。このように細菌はウイルスの10倍~100倍程大きい。
どうやって増えるの?
細菌は遺伝子と、遺伝子から「増殖するための道具(タンパク質 = 酵素)」を作る仕組みを持っているので、栄養等があれば自己増殖できます。増え方は2倍2倍と増えていきます。
ヒトの体内で定着して細胞分裂で自己増殖した細菌は、人の細胞に侵入し細胞に障害を与えたり、細胞外で増殖し毒素を出して細胞に傷害を与えたりして症状が出ます。
ウイルスは、基本的に自分の子孫を作るための情報をもつ遺伝子(核酸)とそれを保護する殻から構成される非常に単純な構造です。そのため、自分が生きるために必要な道具を完全には備えておらず、生きた細胞の中に入り、その細胞から不足している機能を補ってもらい、はじめて増殖することができます。
ヒトに病気を起こすウイルスはすべて、ヒトからヒト、あるいはヒトとヒト以外の動物との間で感染を繰り返しながら、生き(増え)続けています。ウイルスに侵入された細胞は破壊され、増えたウイルスは次から次へと新しい細胞に侵入し、細胞を壊しながら、さらに増えていくのです。そして、破壊された細胞が一定の数以上になると、症状が出ます。
抗菌剤(抗生物質・化学療法剤)が効くの?
細菌とウイルスは構造が違うため、予防法や治療法も異なります。
予防はそれぞれのワクチンの接種や感染経路の遮断策などです。
細菌の感染症治療には抗菌薬が有効です。抗菌薬は細菌の細胞構造を壊したり、増殖する仕組みを妨害したりすることで効果を発揮します。しかし、構造や増殖する仕組みが異なるウイルスには全く効きません。
抗ウイルス薬の開発は難しい。理由の一つとして、ウイルスはとても単純な構造なので、医薬の標的となる「弱点」が少ないためです。ウイルスはタンパク質の殻に遺伝子が入っているだけの構造であり、増殖はヒトの細胞内です。このため、ヒトに影響を与えず、ウイルスだけを叩く薬は創りにくいといわれています。
また、ウイルスは形状もサイズも大きく異なるなど極めて多様です。遺伝子もDNAのものやRNAのもの、1本鎖のものや2本鎖のもの、環状になったものや直鎖状のものなど様々なタイプがあります。このため、一剤で多くのウイルスに効く薬剤の開発は難しく、どうしても個別のウイルスに対する医薬にならざるを得ません。細菌も薬剤耐性菌が生じることがありますが、ウイルスは変異しやすくせっかく開発された薬が効かなくなることがあります。
https://www.tsukuba.ac.jp/journal/biology-environment/20201218140341.html 【従来の定説を覆す増殖装置を持つRNAウイルスの発見】より
ウイルスは、宿主細胞の中で遺伝子を複製することで増殖します。RNAウイルス(コロナウイルスやインフルエンザウイルスなどを含むウイルスの一群)は、ゲノムがRNAで構成されているウイルスの総称で、RNA依存性RNA合成酵素(RdRp)によりゲノムを複製します。RdRpは、すべてのRNAウイルスが有しており、単一の遺伝子によって作られると考えられています。また、その構造や設計図となる遺伝子配列は、これまでに知られている数千種のRNAウイルスにおいて、良く保存されています。
本研究では、ウイルスゲノムの多様性を明らかにする目的で、100株以上の糸状菌を対象にRNAウイルスの探索を行いました。その結果、RdRpが2つの遺伝子に分割されながらも増殖するという、従来の定説とは異なる増殖メカニズムを持つ、新種のRNAウイルスを発見しました。このことは、RNAウイルスのゲノムが、実は極めて高い可塑性を有していることを示唆しています。
RNAウイルスの中には、RdRpの遺伝子しか持たないものもあり、RdRpはRNAウイルスの本体とも言える酵素です。RdRpがすべてのRNAウイルスに唯一共通する酵素であることから、その分類や多様性を調査することで、地球上のRNAウイルス分布が明らかにされてきました。しかしながら、今回、分割された形のRdRpを持つRNAウイルスの存在が確認されたことで、RNAウイルスのRdRpは単一の遺伝子によって作られるという前提が崩れ、今までになかった視点でのウイルス探索が可能になります。これにより、今後、さらなる未知のRNAウイルスが発見され、ウイルスの進化や多様性への理解が深まると期待されます。
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