https://wired.jp/2004/10/13/%E4%BA%BA%E9%96%93%E3%81%AF%E3%83%92%E3%83%88%E3%81%AE%E7%B4%B0%E8%83%9E%E3%81%A8%E7%B4%B0%E8%8F%8C%E3%81%8B%E3%82%89%E6%88%90%E3%82%8B%E3%80%8C%E8%B6%85%E6%9C%89%E6%A9%9F%E4%BD%93%E3%80%8D/ 【人間はヒトの細胞と細菌から成る「超有機体」】より
人体を構成する細胞の数は数十兆程度だが、体内に生息する細菌の細胞数は100兆を超える。こうした体内微生物が、免疫系など人体の仕組みと密接な相互作用をしていることを考えると、人間とは、ヒトの細胞と微生物とが高度に絡み合った集合的有機体とみるのが適切だ――イギリスの研究者がこのような内容の論文をまとめた。「超有機体」というこの視点は、将来期待される「個人の特質に応じた投薬・医療」の開発に際して、重要な意味をもってくるだろう。
あなたの体内に存在する細胞のかなりの部分は、あなた自身のものではない。それどころか、ヒトの細胞でさえない。それは細菌(バクテリア)の細胞なのだ。目には見えないが足の指の間で増殖の機会をうかがっている菌類から、腸の中の1キログラムにもおよぶ細菌類に至るまで、さまざまな要素を考えると、われわれ人間は歩く「超有機体」[superorganism: 通常はハチやアリなど社会性動物の集合体を指す]であり、ヒトの細胞と菌類、細菌、ウイルスが高度に絡み合った存在とみるのが、最も適切なとらえ方と言えるだろう。
以上のような見解を、ロンドン大学インペリアル・カレッジの科学者たちが『ネイチャー・バイオテクノロジー』誌10月号に発表した。この論文は、体内微生物と人体の相互関係のあり方を扱っている。個々人が抱える細菌の種類や分布によって、医薬品への反応が大幅に異なる可能性があるため、この超有機体の仕組みを理解することは、将来の「個人の特質に応じた投薬・医療」を発展させていくうえで不可欠だというのが、論文の主張だ。
今回の研究では細菌に絞って調査が行なわれた。人体には500種を超える細菌が存在し、その細胞の数は合計で100兆以上になるという。人体を構成する細胞の数が数十兆程度であることを考えると、われわれ人間の身体は、数の上でよそ者にかなり劣っている。結果として、われわれの身体内に存在する遺伝子も、大部分が細菌のものだということになる。
だが、われわれ人間にとっては運のいいことに、こうした体内細菌は総じて共生生物(commensal)と呼ばれるもので、人間の食べたものをエネルギー源にしているものの、人体に実害を及ぼすものではない(commensalという英語は、食卓を共にするという意味のラテン語を語源としている)。それどころか、細菌には有益なものも多い。共生している細菌は、人体の免疫システムと緊密に連携し、人に危害をもたらす可能性がある感染症からわれわれを守ってくれるのだ。
今回の研究を率いたインペリアル・カレッジのジェレミー・ニコルソン教授(生化学)は、「多くの病気が遺伝的性質や環境要因など様々な要素の影響を受けていることは、かなり前から明らかになっていた。だが、今回の論文で提示した超有機体という概念は、病へと至る過程の理解に大きな影響を与える可能性がある」と語る。この手法の応用範囲は、インシュリン抵抗[肥満などによりインシュリンが十分に機能せず血糖値が上がる現象]、心臓病、一部のガン、さらには一部の神経疾患の研究にまで及ぶかもしれないと、ニコルソン教授は考えている。
ヒトゲノムの解読完了(日本語版記事)後、科学者たちはすぐに次の段階を考えた。すなわち、ヒトの遺伝子が環境要因と絡み合いながら、疾病の発現リスクや、加齢プロセス、薬の効能といったものに影響を与える仕組みの解明だ。だが、環境要因には、100兆もの体内細菌の遺伝子から生み出される物質も含まれるため、その仕組みは非常に複雑なものになっている。30億の塩基対からなるヒトゲノム情報自体も、けっしてその複雑さを軽減する助けにはならない。
「ヒトゲノムが与えてくれるのは、わずかな情報にすぎない。体内の微生物が病気に対する人体の反応に影響を与えていることが判明したからには、今後われわれはこの分野についてさらに研究を進めなくてはいけない」とニコルソン教授は指摘する。「体内微生物と人体の相互作用を理解すれば、ヒトに関する生物学や医学がヒトゲノムの領域を超えて発展することになり、遺伝子と環境との新種の相互作用の解明にも役立つ。こうした知見が得られれば、やがては病気の治療についても、新たな手法がとられるようになるだろう」
ニコルソン教授とともに今回の研究に参加したアストラゼネカ社所属のイアン・ウィルソン博士も、「ヒトを超有機体と考える」概念は「医薬品の開発に非常に大きな影響を与える可能性がある。医薬品の代謝や毒性に対する反応が、各個人で大きく異なるかもしれないからだ」と述べる。
「体内のpH値や免疫反応といった要素に、体内微生物は影響を及ぼしうる。薬の効き具合は、こうした要素によって変わってくる」とウィルソン博士。
今回のインペリアル・カレッジの研究は、『X-ファイル』の熱烈なファンからUFOマニアまで、多くの人が長い間主張していたこと――「人類は孤独ではない」――を裏付けている。もっと言えば、生物としての人間の最重要要素の特定には、ヒトゲノムの情報だけでは足りないということだ。
[日本語版:長谷 睦/高森郁哉]
https://note.com/tanahashi/n/n524d1eff431d 【あなたの体は9割が細菌/アランナ・コリン】より
ひさしぶりに読んだ科学系の本。面白いので平日3日で読み終えた。
ひとつ前に読んだティモシー・モートンの『自然なきエコロジー』に「昨日は「外側」であったものが今日には「内側」のものになるだろう」という言葉があったけれど、このアランナ・コリンの『あなたの体は9割が細菌』は文字通り、そのことを考えてしまう一冊。僕らはもはや環境というものを外に見出すだけでは足りず、内なる環境も配慮すべきものであるということを嫌というほど教えてくれる。
なにしろ「あなたの体のうち、ヒトの部分は10%しかない」というのだ。
じゃあ、残りは?といえば、タイトルどおり細菌、正確に言えば、微生物だという。
あなたが「自分の体」と呼んでいる容器を構成している細胞1個につき、そこに乗っかっているヒッチハイカーの細胞は9個ある。あなたという存在には、血と肉と筋肉と骨、脳と皮膚だけでなく、細菌と菌類が含まれている。あなたの身体はあなたのものである以上に、微生物のものでもあるのだ。
9割が微生物だというのは、細胞の数として比べた場合だ。
これが遺伝子の数なると、僕らのヒト率はさらに低くなるらしい。
人体に棲むこれらの微生物を合わせると、遺伝子の総数は440万個になる。これがマイクロバイオータのゲノム集合体、つまりマイクロバイオームである。微生物の440万個の遺伝子は、2万1000個のヒト遺伝子と協力しながら私たちの体を動かしている。遺伝子の数で比べれば、あなたのヒトの部分は0.5%でしかない。
とはいえ、これが数だけの話なら、大した話ではない。
問題は、これらの微生物がいなければ、僕らはヒトとしてまともにやっていけないことが、この本を読むとわかってしまうからだ。
微生物へのアウトソーシング
宿主である僕らヒトと微生物の切っても切り離せない深い関係をわかりやすくするため、いったんヒトから離れてみる。
わかりやすい例としてあげるヒトではない宿主とは牛だ。
著者によると「ウシは草食動物だが、ウシの遺伝子だけでは繊維質の草から栄養分をとり出すことができない」のだという。草の栄養素を取り出すためには頑丈な細胞壁を分解するための酵素がいるが、残念ながらウシはそれを持っていない。
では、どうするか?
「頑丈な細胞壁に閉じこめられた栄養分をてっとり早く得るには、その仕事を専門家に外部委託すればいい」のだという。
まあ、そうだろう。
では、どこに外部委すればよいのか?
そう、ここでの答えが「微生物にアウトソーシングするのである」というものである。
ウシの胃にある4つの部屋には植物繊維を分解する微生物が無数に棲んでいる。反芻運動で行ったり来たりする植物繊維のかたまりは、ウシの口内で機械的な粉砕作用を、胃の中で微生物酵素による化学的な分解作用を交互に受ける。この作業に必要な遺伝子は世代交代のスピードの速い微生物なら簡単に得られる。それに要する時間は速ければ1日もかからない。
草食動物である牛が自身の主食である植物の消化を、外的存在である腸内微生物に頼っている。
腸内といえども、それは腸の壁面で覆われた体の外側である。それは外的環境であり、微生物はその外的環境に存在する他者に他ならない。
その他者がいなければ、牛は食べることもできず、よって生きていくことができない。
しかし、それはヒトも同じなのだ。
ヒトもさまざまな機能を微生物に外注しているのだ。
進化で得ようとすればとてつもなく長い時間がかかる機能を、私たちは微生物にアウトソーシングする。脳の働きに不可欠なビタミンB12をつくる蛋白質の遺伝子がなくても、クレブシエラがその仕事を代わりにやってくれる。腸壁を形成する遺伝子がなくても、バクテロイデスがやってくれる。進化で一から遺伝子をつくるより、微生物にやらせたほうがずっと安上がりで簡単だ。
自分自身が寄って立つ条件。
環境ということを考える場合、そういう視点でみる必要があるというのは、いまや常識になりつつある。
環境というのは外にある自分とは切り離されたものではなく、自分自身がそこに巻き込まれてあるのが環境であり、予期せぬ変化により、環境もろとも自分が大きく異なるものになりうる運命共同体的な土台が環境だ。
内なる環境問題
その観点からは、ヒトと微生物の関係はまさにそのようなものだということを本書は教えてくれる。
そして、その大事な運命共同体であり、自分の体の9割を占めるパートナーである微生物がいま危機に瀕していることも同時に伝えている。
微生物の危機の結果、ヒトの側に何が起きているのだろうか。
それが現代病に数えられる、アレルギー、肥満、うつ病、自閉症、糖尿病、多発性硬化症などは、微生物の危機の結果であることが、ヒトゲノム・プロジェクトの直後にはじまった、ヒトマイクロバイオーム・プロジェクト以降に分かってきたことだ。こうした病気を発祥する人の腸内微生物は、そうでない人たちのそれと比べて微生物の種類の多様性が低く、特定の種の微生物の割合が高くなる傾向があり、どの微生物が優位かで異なる病気を発症するそうだ。
まさに環境問題である。
では、この環境問題を発生させている要因は何なのか?
それは、これらの病気が増え始めた時期などを考えることで明らかにされる。それは40年代頃にはじまり、50年代に入って顕著になる。病気によってはもうすこし広がりが遅いものもあるようだが、要因はどうやら40年代にありそうだと突き止められている。
では、その40年代に何が変わったのか?
それはペニシリンを皮切りに、さまざまな抗生物質が登場し、それまで多くの人を死においやっていた天然痘や、コレラ、麻疹、ポリオなどの病気をほとんど根絶させたことだ。それにより外科手術も安全に行うことができるようになった。平均寿命が著しく伸びたのはその頃からである。それは乳幼児の生存率が上がったことが大きい。
しかし、良いことばかりではなかったのだ。細菌を殺す抗生物質は同時に腸内の微生物も殺してしまう。
すべてではない。死ぬ種もあれば、生き残るものもいる。
実際には抗生物質の保護役の微生物の全体量を減らすことはめったになく、影響するのはむしろ細菌種別の組成比だ。どうやらその時々のマイクロバイオータに、どの構成員が多くいるかいないかによって、免疫系のふるまい方が変わるらしい。
特に、腸内の微生物環境が不安定な乳幼児期の抗生物質の過剰な投与は、様々な危機をもたらす。本書でも、それが要因で自閉症になった子供の例が紹介されている。
また、すこし話が逸れるが、赤ん坊は母の胎内で羊水のなかにいるときは無菌状態で、腸内にも何の微生物もいないらしい。それが破水をきっかけに、母親の膣内に生息する菌を最初にもらうことで、誕生しばらくの環境を整えるという。それが帝王切開で誕生した場合、菌の授与が行われないため、自閉症や肥満などのリスクが高まるのだという。
これと同じような微生物のバランスを崩し、体内の環境問題を引き起こすのが、抗生物質なのだ。
肥満と抗生物質
肥満も、腸内微生物の組成比の乱れに原因があると考えられているが、それと抗生物質投与の関連性を示す例がある。
家畜であるニワトリやブタに抗生物質を投与すると太るというのだ。とうぜん、養鶏、養豚業者はその手法を採用した。
はじめは1940年代後期、アメリカの科学者が思いがけず、ニワトリに抗生物質を与えると成長が50%近く促進されることを見つけたのがきっかけだ。
それがウシやブタに、ヒツジや七面鳥など、あらゆる食肉家畜に応用されることになる。
抗生物質の投与で家畜が太るなら、その影響は人間にも肥満という形で生じるのではないか。
フランスのマルセイユの研究チームが調べた患者たちの観察によれば、バンコマイシンとゲンタマイシンという抗生物質を使った人に体重増加が見られたという。そして、前者の抗生物質を使った患者の腸内にはラクトパチルス・ロイテリという乳酸菌の一種が数多く見つかったという。これはバンコマイシンに耐性がある菌で、この仲間の菌が実は家畜を太らせるために与えてきたものだという。
その他の研究でも抗生物質と肥満の関係は明らかになりつつも完全な証明はまだだ。ただ、全世界的に肥満や過体重の人の割合が極端に増えたのは、抗生物質の利用がはじまって以降だという相関関係ははっきりしている。あとは因果関係の証明を待つ段階である。
証明はまだとはいえ、問題は抗生物質で太らされた家畜の身体にはしばらくの間、それが残留するということだ。場合によっては、抗生物質が残ったままの肉を人が食べている可能性がある。
家畜に関しては、抗生物質への耐性が家畜からヒトに移行するという証拠が出たところで、少なくともヨーロッパでは抗生物質による成長促進剤の使用をやめる動きにつながった。2006年以降、EU加盟国の農家は家畜を太らせるために抗生物質を使うことを禁じている。
残念ながら、この本が書かれた時点ではアメリカでは禁止されていなかった。
日本ではようやく昨年の11月に、コリスチンとバージニアマイシンという2種のみ、抗生物質の家畜への投与が禁止された。
食肉の場合、いつまでも抗生物質が残留するわけではない。「たいていの先進国では薬を与えたばかりの家畜を搾乳したり食肉工場にだしたりあすることを禁じる法が定められている」という。
問題は、野菜の方だ。
家畜の糞を肥料にした有機肥料には、家畜に投与された抗生物質が排出されたものをそのまま含んでいる。それが土壌に蓄積され続ければ、野菜や穀物を通じて、僕らは抗生物質を摂取してしまっていることになる。
海洋環境のマイクロプラスチックを魚を介して体内に取り込んでしまっているのと同じだ。外の環境と体内の環境は同じように僕らの手で汚れてしまっているし、その汚れたものと僕らは間違いなく共存している。
ホロバイオント
ホロバイオント(あるいは、ホロビオント)という概念がある。
生物学者のリン・マーギュリスが1991年の著書で提唱した概念で、複数の異なる生物が共生関係にありつつ不可分な1つの全体を構成していることを示したもので、本書で論じられているヒトをはじめとする宿主と微生物の関係もまさしくホロバイオントである。
この概念は生物進化における自然選択を考える際にも用いられるようになっているという。
共に依存し、共に進化するホロバイオントの概念は、イスラエルのテルアヴィヴ大学のユージーン・ローゼンバーグとイラナ・ローゼンバーグに、自然選択が働くもう1つの場面を思いつかせた。繁殖の有利さのために個体や集団が選ばれるだけでなく、ホロバイオントも選ばれるというのだ。マイクロバイオータを切り離して生きていける動物はいないし、宿主なしに生きていけるマイクロバイオータもない。どちらか一方だけを選択するのは不可能だ。つまり、自然選択は両方に働き、個体を選ぶのと同じように乗り物と乗客の組み合わせを選ぶ。選ばれるのは生存と繁殖を成功させるのに充分な強さと適性、適応力を備えた「組み合わせ」だ。
しかし、どんなに適応力を高めようとも、ホロバイオントが生きる環境がどんどん汚れてくれば、適応しきれなくなるのは目に見えている。ヒトと微生物というホロバイオントそのものが、さらに大きな地球環境というものと共生関係にある巨大なホロバイオントである。かつて、それがガイア理論と呼ばれたように。
まずは小さなホロバイオントの単位としてのヒトと微生物の共生を考えた場合、僕らは自身の腸内や皮膚の上の微生物との健全な共生をはかることを考えなくてはいけない。
自分のためだけに食べるのではなく、微生物を生かすための食事として、彼らが必要とする食物繊維をしっかり取ることだとか、彼らの生存のバランスを乱すことになる抗生物質の不必要な摂取をしないようにすることなど。僕らは従来の人間中心の、衛生や健康の考え方を見直していく必要があるのだとこの本を読んで強く感じた。同時に、環境というものが自分と地続きのものだということもあらためて考えさせられた。
とにかく人間とは何か? 自分とは何か? という常識が大きく覆る本。
ぜひ読んでみてほしい。
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