老鶯朝から気前よく鳴く生きめやも

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作 者 金子兜太  季 語 老鶯 季 節 夏 出 典 「海程」2003年

評 言

 この句は、老いた(夏)鶯といっても、朝から元気に鳴いているではないか、われわれも元気に生きようではないか。という意味でしょう。しかし「生きめやも」が問題です。

これは、堀辰雄の「風立ちぬ」の一節を踏まえています。

 「改造」昭和11年12月号に発表された堀辰雄の小説「風立ちぬ」は、大きな共感を呼び昭和13年に出版された単行本はベストセラーになりました。

療養文学の傑作とされています。軽井沢、サナトリウムが情感を高めています。

その冒頭、主人公の口を衝いて出る「風立ちぬ、いざ生きめやも」はヴァレリーの詩の有名な誤訳です。これは国語学者の大野晋が指摘していることですが、一般には主人公の生きる意志の表明として理解されていました。

Le vent se lève, il faut tenter de vivre.(風が起きた、生きてみなければならない)ヴァレリー『海辺の墓地』(『魅惑』Charme 所収。一九二二年)

この「生きめやも」を分解すると

生き(未然形)―め(推量の助動詞「む」の已然形)―やも(反語の終助詞)

 つまり生きようか、いや生きないという意味になります。

ささなみの志賀のおおわだ淀むとも昔の人にまたも逢はめやも                   柿本人麻呂

 この場合でも「逢はめやも」は「逢えるだろうか、いや、逢うことが出来ない」の意味です。

紫草のにほえる妹を憎くあらば人妻ゆゑにわれ恋めやも                            大海人皇子

これは、「紫草のように美しいあなた(額田王=前妻)を憎く思っていたら、あなたが「あかねさす紫野行き標(しめ)野(の)行き野守は見ずや君が袖振る」(あなたがそんなに私が恋しいと袖を振っていたら野守が見て怪しむでしょうよ。)などと、からかうなんて。しかし、あなたは人妻なのだから、私は恋することはできないのですよ。」という意味です。(『ベネッセ古語辞典』別冊4ページ)

そうなると兜太の句は、老鶯が気前よく鳴いているのだが、もう生きることは出来ないのだよ。ということになります。

もちろん、兜太はそんな意味で使ったのではないでしょう。

これを指摘すると兜太は、おそらく「おう、そうかそうか」と笑い飛ばすでしょう。

ポール・ヴァレリー『海辺の墓地』)

 Le vent se lève! . . . il faut tenter de vivre!

 L'air immense ouvre et referme mon livre,

 La vague en poudre ose jaillir des rocs!

 Envolez-vous, pages tout éblouies!

 Rompez, vagues! Rompez d'eaux rejouies

 Ce toit tranquille où picoraient des focs!

 

 風が起る! 生きてみなければならない!

 広大な風が私の本を開き、また閉じる、

 波は飛沫となり、岩々から勢いよくほとばしる!

 飛べ、すっかり目をくらまされたページよ!

 波よ、打ち破れ! 喜びあがる水で、打ち破れ

 三角帆たちがついばんでいた、この静かな屋根を!


https://blog.goo.ne.jp/mayanmilk3/e/91e542e61b65fa8b362930508e5e6817 【老鶯】より

 今朝早く、我が家の前の竹藪から、鶯の笹鳴きが聞こえてきました。昨日までは毎日のように「ホーホケキョウ」と鳴いていました。例年、鶯の囀りは8月下旬まででしたから、例年通りです。ネット情報では、夏は山に移動するとか、寒くなると麓の暖地に移動すると記されていましたが、我が家の周辺では一年中鳴き声を聞いています。夏に山に移動するということもあるのかもしれませんが、私は一年中聞いています。また冬にはその姿をよく見かけます。つい先週も早朝の一時間の散歩の途中、7羽も確認しました。

 ひょっとして「笹鳴き」を御存知ない方もいらっしゃるかもしれませんので、念のため。鶯は囀らない秋から冬の間、藪の茂みの中で「チャッ・・・チャッ・・・チャッ」と低い声で地鳴きをしています。慣れないと雀の声ではないかと思うでしょうが、この時期の雀は集団で行動していますから、単独で鳴くことはありません。このような笹鳴きをする鶯を「笹子」と言います。何年か前に笹子トンネルで天井板が崩落する事故があったので、「笹子」という名前を記憶している方もいらっしゃることと思います。

 鶯は「春告げ鳥」という異名があるように、古来「春の鳥」と理解されてきました。また「梅に鶯」というように、梅と相性のよいものとされてきました。しかし実際には特に梅を好むことはなく、秋になっても鳴いています。古人は春の鳥とは思っていても、夏に鳴くことも知っていました。『枕草子』には次のように記されています。

「鳥は・・・・鶯は・・・・夏秋の末まで老い声に鳴きて、虫くひなど、良うもあらぬものは名をつけかへて言ふぞ、くちをしくすごき心地する。それもただ雀などのやうに、常にある鳥ならばさも覚ゆまじ。春なくゆゑこそはあらめ。」

 念のために現代訳も載せておきましょう。「鶯は・・・・夏・秋の終わり頃まで、年寄り臭い声で鳴いていて、虫食いなどと人にいつもと違う名前で言われるのは、とても悔しくて残念である。それもただの雀などのように、いつも身近にいる鳥であればそうも思わないだろう。鶯が春に鳴く鳥だからである。」

 夏秋になっても鳴く鶯の声を、清少納言は「老い声に鳴き」と表現していますが、実際にしゃがれた声になるわけではありません。・・・・なんて書いているそばで、今はっきりと大きな声で「ホーホケキョ」と鳴かれてしまいました。せっかく笹鳴きを始めたと書き始めたばかりですのに・・・・。ついでのことですが、「虫食い」とはウグイスの仲間の汎称でしょう。現在でもセンダイムシクイという鶯によく似た鳥がいます。鶯は毛虫などをよく食べますから、そのような俗称が生まれたと思われます。

 とにかく夏秋の鶯の鳴き声が、「鶯の老いた声」と理解されることが平安時代からあったことがわかります。俳諧・俳句の世界では、春を過ぎて夏秋に鳴く鶯を「老鶯」(ろうおう、おいうぐいす)と呼ぶそうです。私の古歌のデータでは漏れているかもしれませんが、「おいうぐいす」は見当たりません。もし漏れていたら教えて下さい。仮にあったとしても、広く共有されてはいなかったことは確かです。「老鶯」という言葉は、私の勘では漢語に由来すると思うのですが、古い漢詩には詳しくないので、根拠を探し出すことができません。

 「老鶯」を詠んだ俳諧としては、芭蕉の句がよく知られています。「鶯や竹の子藪に老いを鳴く」。『炭俵』に収められているのですが、鶯が年を取ることを嘆いて鳴いていると理解しているのでしょう。つまり実際に老をないているのは鶯ではなく、作者自身なのです。この句により、夏秋に鳴く鶯には、文学的奥行きが成熟するようになります。高齢者が夏秋に鶯の声を聞くと、自分自身の老をしみじみと思う情趣が共有され、芭蕉が詠んだ「鶯・・・・老を鳴く」が慣用的に詠まれるようになっています。

 ただ鶯にとっては迷惑な話ですね。夏になったら鳴くなとしたり、夏や秋でも元気に鳴いているのに老い声だと言い、一年で老齢になると決めつけたり、全く人間は勝手なものです。



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