https://www.kumamoto-u.ac.jp/daigakujouhou/jouhoukoukai/gakuironbun/bungaku_otu/bungaku_otu_file/bungaku_otu13sinsa.pdf 【 みちのく文学と風土の研究】
【論 文 提 出 者】 林 丕雄
【論 文 題 目】 みちのく文学と風土の研究
【授与する学位の種類】 博士(文学)
【論文審査の結果の要旨】
本論文は、みちのく(日本の東北地方)の風土と、そこに生を受け人格形成を果たした作家たちあるいはそこと縁ある詩人との関係、及びその風土に根ざして生まれた文学作品との関係を明らかにしようとするものである。
まず第一章「序論」において、みちのくの歴史・伝説・宗教・祭礼等を概観したうえで、そこで生育した近代の代表的な文学者たちを取り上げ、彼らが日本の近代文学史上異彩を放ち、重要な位置を占めていることを強調し、これらの作家及び作品とみちのくの風土との関係を明らかにすることの必要性を説く。ついで、第二章「みちのくの風土」において、みちのくの地勢・気候・歴史・文化的環境が、そこで人間形成を果たした作家たちと、その作品に影響を与えているとの見通しを提示する。
第三章「風土と人間形成」に、太宰治、葛西善蔵、石坂洋次郎、石川啄木、宮沢賢治、高村光太郎、
以上六人の詩人・作家を取り上げ、六節に分けてその人間形成と文学に向かう姿勢を検討している。
みちのく出身のこれら五人の生育環境と人間形成の跡をたどりながら、またその文学世界を読み解きながら、彼らには反骨精神と自虐的精神構造、被害者意識、ひねくれ、中央への劣等感と反中央の意識、及び郷土愛、こうしたほぼ共通の傾向が見られることを析出し、それがみちのくの風土に根ざしたものであることを論じている。高村光太郎については、東京生まれながら、みちのく人に通ずる精神を持つと指摘する。さらに、宮沢賢治が青年期に石川啄木より受けた影響、高村光太郎が宮沢賢治から受けた影響、石坂洋次郎が葛西善蔵と関係を保ちつつも対照的な文学世界を志向したことなどを検討し、それぞれの作家の個性を浮かび上がらせている。
以上を踏まえて、第四章「みちのく文学の特質」として、さらに幾編かの作品を取り上げて、みちのく文学の自虐性、反骨精神とともに、そこから明朗・清澄なものを希求する精神を抽出して「祈りの文学」と規定する。
著者は、みちのくを度々訪れ、文学の舞台を実地に踏査し、その風土と人間をよく理解した上で、広く東北地方各県に目を配って詩人・作家達の人間性に踏み込み、その作品を丁寧に読み解いている。
本論文刊行当時及び現在においても、個別作家と風土との関係、県別の文学者及び文学に関する研究しか備わらないなかで、「みちのく文学」の特質を全体的に展望しているところに、学術的価値は依然大きい。
また、本論文執筆当時は大衆作家と見られていた石坂洋次郎について、作品に織り込まれている反権威の精神に注目し評価する先駆性は評価に値し、高村光太郎の「智恵子抄」の詩二編に宮沢賢治の詩の影響があることを指摘し、そのことを手がかりに両人の精神的交流の深さを明らかにするとともに、両詩人の資質と志向の相違に及ぶところなどは、賢治研究と光太郎研究にとって傾聴すべき成果であろう。さらに、「みちのく文学」の諸特質が東北地方出身の詩人・作家の作品にとどまるものでなく、日本近代文学の性格に大きくかかわっていること、二十世紀日本文学の価値を示し得ている点に、大きな意義があると認められる。
以上により、本論文は博士(文学)の学位にふさわしい業績であると判断する。
【最終試験の結果の要旨】
審査委員会は、6月11日(土)午前10時より、法文棟小会議室において、提出された論文「みちのく文学と風土の研究」及び参考論文として提出された「啄木と中国―唐詩選をめぐって―」の趣旨、内容及びその他に関して、口頭により説明を求めたところ、適切に応答し、これらの課題に関して十分な知見を有することを確認した。
また同日午後1時より、法文棟共用会議室において、提出した論文の内容及びその後に得られた知見若干について発表した。会場からの質問や意見等に対しては、簡潔ながらおおむね適切に応答した。
以上の応答及び提出された論文并に参考論文の水準に照らして、申請者は博士(文学)にふさわしい学識を有すると判断した。
【審査委員会】
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