https://toyokeizai.net/articles/-/440093 【太陽光パネルと土砂災害、解明迫られる因果関係
盛り土や建設残土の問題と併せて総点検が必要だ】より
土石流が静岡県熱海市伊豆山地区を流れ下った7月3日、上流部の森林を開いて作られた太陽光発電施設との関連を指摘する声がSNS上にあふれた。その後、静岡県の調べにより、谷あいに残土が持ち込まれて盛り土された場所が土石流の起点だったとわかり、“盛り土主因説”が浮上。“太陽光発電犯人説”は影を潜めた。
とはいえ、土石流発生メカニズムの解明は途上だ。傾斜地への太陽光パネル設置については、経済産業省が最近、規制を強化し、小泉進次郎環境相も規制区域の導入検討を示唆。土石流発生リスク回避の新たな動きが出てきた。
土石流起点での盛り土と太陽光
山津波とも呼ばれる土石流が家々をなぎ倒し駆け下る映像は衝撃的だった。いったいどこなのか。スマートフォンやタブレット端末でグーグルマップを見た人も多いはずだ。3日当時、マップ上には、「熱海市にて土砂災害発生」という文字の横に赤いビックリマークが出現。森が切られて山肌がむき出しになった長細い区域の下にあるマークは、あたかも土石流が始まった場所を示しているかのようだった。
このグーグルマップの画像は撮影時期が古く、現在、尾根の上の長細い区域には太陽光パネルが敷かれている。「メガソーラーが土石流の誘因となったのではないか」と示唆するツイッターも目立った。
ところが、静岡県が7月3日にドローンを飛ばして撮影、調べたところ、土石流の起点は長細い区域の端ではなく、その区域の北東に隣接する場所とわかった。県は、流れ下った土砂の量を計11万立方メートルと推計し、そのうち5.4万立方メートルは起点付近に積まれた盛り土だったとみた。
静岡県が発災日の7月3日、ドローンで撮影し、土石流の起点が判明した(写真:静岡県のドローン撮影動画より)
静岡県の難波喬司副知事は7月7日夕の記者会見で、
① 土石流起点付近の土地は、所有者だったA社が2009~2010年に土砂を搬入、盛り土工事を実施。静岡県の土採取等規制条例に基づき残土の処分を目的とする工事で、届け出では3万6000立方メートルを搬入するとしていた。盛り土の量はこの約1.5倍。
② 産業廃棄物(木くず)を残土に混ぜるなど不適切な行為が繰り返され、その都度、市が是正を求めた。
③ 2010年以降、盛り土の区域や量が拡大したとみられる。堰堤や排水溝が整備されていたとは思えない。
④ 2011年、この土地は個人が買い、所有している
――と明らかにした。
土石流の起点となった場所の土地所有者の弁護士は、NHKニュースで、「盛り土があることや崩れる危険性については認識してなかった」と話した。
起点の西側に隣接する尾根の上に太陽光パネルが張られた土地は、持ち株会社(東京・千代田区)が所有し、再生可能エネルギーの固定価格買取(FIT)制度の認可を2013年に取得している。土石流の起点となった土地を10年前から所有している男性は、この持ち株会社の取締役を務めている。
土石流発生のメカニズムは解明されるか
静岡県の川勝平太知事は7月5日、土石流の起点を含む現地を視察した後、土石流がどのように発生したかを推測して見せた。「山が(長雨による)水を持ちきれなくなって、水の蓄積量が巨大なものになって、それが山の一部を突き破って、その上にあった盛り土を一緒に運んで被害を大きくした」。
この段階での推測である。発生メカニズムはもちろん、土石流発生後の画像をどう見るかについては、専門家の間でさまざまな見方がある。テレビ、新聞、ネット上で議論が行われている最中だ。
土石流は複雑な要因が絡んで発生する。静岡県は土石流の起点となった場所を中心に土の成分分析を行い、航空レーザー測量などによる解析を進めて土地の形状変化をつかみ、その発生メカニズムの解明に迫ろうとしている。
現時点で、盛り土の存在が大きな要因となったことは間違いないが、隣接する尾根の上のソーラーパネル群の影響があったかどうかもはっきりするかもしれない。
土石流の起点付近の盛り土は、国土地理院が7月7日に発表した解析データを見るとよくわかる。南北方向の断面(A―B)、東西方向の断面(C―D)(両断面とも長さ180m余)の状態を2009年と2019年で比較した(出所:国土地理院)
全国のメガソーラー建設予定地で地域住民との紛争が起きているが、そこで目立つのは、「メガソーラーが土砂災害を引き起こす」という懸念だ。
この懸念はどこから来ているのか。1つは、森林を切り開くことにより、森林が果たしていた保水機能が失われるということ、もう1つは、太陽光パネルを敷き詰めることによる降雨時の水の流れ方の変化がある。
降雨時の水の流れに対応しきれていないのではないか、と思われる例が最近あった。「埼玉・日高『メガソーラー法廷闘争』が招く波紋」(2021年2月6日配信)で取り上げたが、埼玉県嵐山町のケースでは、昨年10月に大雨が続いた後に太陽光パネルが敷かれた場所の斜面が崩れた(この場所の復旧工事は今年5月末に終了した)。
嵐山町の写真をドローンで撮影した東京電気管理技術者協会千葉支部長の鈎裕之さん(54歳)によると、太陽光パネルや架台など太陽光発電施設は無傷なのに、そのそばで地盤が崩れたケースはほかにもある。
太陽光発電施設は無傷だが、そばの地面が崩れた(写真提供:鈎裕之さん、静岡県函南町で2020年3月撮影)
優良事例でも地盤が崩れた
地域の住民とトラブルになっているところだけではない。千葉県匝瑳市には、地域住民や自然との共生が実現しているソーラーシェアリングという優良事例がある。そこでも2017年に周辺の地盤が崩れた。「太陽光パネルを建てたもともと畑だった場所は、土がふかふかで雨を吸い込みやすい。設置工事に伴い、周りを重機で固めたとき、土が一部硬くなり水を吸いにくくなる。そうしたことで、一カ所に水が集まり、被害が出た」と鈎さんは説明する。
地盤の中の水の流れ方が、ポイントらしい。数年前からそれがわかってきた。
経済産業省は今年4月1日、「発電用太陽電池設備に関する技術基準を定める省令」を制定した。省令は第5条で「施設による土砂流出または地盤の崩壊を防止する措置を講じなければならない」と定めている。
鈎さんに省令制定の意味を解説してもらった。「電気事業法という法律があり、技術基準の順守規定がある。これまでは、もっと具体的にそれはこういうことを言っているんですよ、とお役所が説明する『解釈』の中に、土砂流出防止について書かれていた。それが省令に格上げされた、つまり規制強化されたということです」という。
経産省の電力安全課によると、技術基準が省令になったことで、事業者に対し、報告徴収を求めたり、立ち入り検査を行ったりすることが可能になり、監視の目が届きやすくなる。
国の制度改正は、2010年代半ば以降、中山間地域の丘陵地や里山、谷津などに太陽光パネルを敷き詰める例が増えたことが背景だ。こうした事業は多くの場合、「林地開発許可」が必要になる。林野庁によると、林地開発許可件数のうち、太陽光発電事業を目的としたものは、2012年度に32件だったが、2013年度に124件、2014年度255件と増加した。
こうしたなか、2018年7月の西日本豪雨により、神戸市須磨区の山陽新幹線のトンネル出口付近で、線路沿いの斜面に設置された太陽光パネルが崩落。兵庫県姫路市北部の林田町では、太陽光パネル約1300枚が山の中腹から崩れ落ちた。
西日本を中心とした太陽光パネル崩落事故が引き金になって、国立研究開発法人「新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)」の「地上設置型太陽光発電システムの設計ガイドライン 2019年版」が作られた。傾斜地に太陽光パネルを設置する場合には、「洗掘や雨裂(雨が降ったときに法面が洗い流され、地面に亀裂ができる)による土砂流出の恐れがある」として、法面保護工事が必要としている。
そして、最近の太陽光発電施設のそばの地盤が崩れる事故。NEDOは、新たなガイドラインを今年中に発表する予定だ。
土砂災害リスクを減らす新たな動き
熱海市の土石流災害を受け、赤羽国土交通相は7月6日、全国の盛り土の総点検を行う考えを示した。盛り土や建設残土をめぐる現状の見直しが期待される。
一方、小泉環境相は土砂災害のリスクを回避するため、太陽光発電施設の設置をめぐり、建設を避けるべき区域を指定するなどの規制を検討すると述べた。
今年5月に国会で成立した地球温暖化対策推進法は、再生可能エネルギーを活用した促進区域の設定を努力義務として市町村に課した。促進区域で事業を行うことが認められた事業者は、森林法、農地法、河川法などの関係手続きをワンストップで行えるよう、自治体がバックアップする仕組みがスタートする。しかし、抑制区域や(景観などの)保全区域の設置は盛り込まれなかった。
太陽光発電や風力発電など再生可能エネルギーを活用した設備の建設をめぐり、地域住民との間で増えたトラブル。これをあらかじめ避けるため、不適切な立地を避ける「ゾーニング」を行う自治体もある。しかし問題は、こうした自治体によるゾーニングを支える法制度がないことだ。このため、環境省の審議会などでは、「ゾーニングの法制度化を考える時期ではないか」と専門家の指摘が相次いだ。
ゾーニングや抑制区域の設定をめぐっては、これまで環境省は消極的だった。私には、脱炭素化を急ぐあまり、バランスを欠いているように思える。熱海の土石流災害は、土砂災害回避のために何ができるか、あらゆる方向からの見直しを突き付けている。
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