https://gendaihaiku.gr.jp/page-13182/ 【一行の行方(後編)】より
ー 草木と月 ー
木村聡雄
欧米の俳誌では三行句が圧倒的に多く、一冊の中でも一行句は数句に留まる。前回 (2024年7月号)は、外国語の一行書き作品において、日本語俳句の垂直方向から外国語一行句の水平方向への構造的な転換が作品の内容そのものにも影響を与える可能性について述べた。今回は俳句によくみられる主題について、引き続き海外の一行書き作品を引きながら日本の俳句と比較したい。
心の奥に一本の木がある草地 スコット・メッツ
under my skin a pasture with one tree Scott Metz (frogpond, 31:1)
冒頭の “under my skin” という慣用句は「心の中」ということだが、辞書や翻訳サイトにはこの意味では出ていない。とはいえ、コール・ポーターが音楽を担当した1936年のアメリカのミュージカル映画Born to Dance の代表曲 “I’ve Got You Under My Skin” があるので、日本でもスタンダード音楽ファンにはお馴染みの言い回しだろう。(実はこの曲は、私自身のギターの弾き語りの得意技の一つなのである。)
引用句の「一本の木」という表現は、西欧的な確固たる自我が感じられるようである。内側に常になにか唯一の存在を感じているというのは一神教的だという人もいるかもしれない。一方、富澤赤黄男の『黙示』(1961)には
草二本だけ生えてゐる 時間 富澤赤黄男
がある。「草二本」は、アメリカの句を読んだあとではなすすべもなく繊細であり、一本と断定しない表現にはその揺らぎの狭間を生きるほかないという姿勢も感じられる。さらに、「一字あけ」による強制的な切れによって孤立させられた「時間」は、時の流れの永劫性を際立たせているようである。メッツは赤黄男作品を意識せずに書いているはずだが、日米それぞれの心象風景は違っていながら、どこか似ていてるのは興味深い。
同じ月が ナイロビ デイヴィッド・カルソー
same moon Nairobi David Caruso (frogpond, 31:2)
日本の俳句なら短律に相当する一句。ナイロビはケニア共和国の首都で、地図上ではほぼ赤道直下である(実際は赤道よりほんの少し南に位置する)。赤道においてはそもそも季節感という発想自体があり得ないだろうが、仮に季語を想定してみようとしても、一年中、灼熱とかその類いの言葉しか思い浮かびそうにない。ところが調べてみると、実際にはここは高地とのことで、ナイロビは標高約1600メートルにある。日本の主な避暑地が標高千メートル前後であることを考えてみると、赤道直下とはいえこの高地は思いのほか過ごしやすいらしい。
「月」は、気象や新月など条件もあるだろうが、どこにいても見ることができる。けれども月相は日々変わって行く。「同じ」と詠まれていても、この地でいつも同じ月見ているというよりは、ナイロビの月が、旅人にせよ移住者にせよ、故郷とあの頃見た月を思い出させるに違いないのである。日本にも、種田山頭火に同様の首都の月を詠んだ短律の句がある。
ほつと月がある東京に来てゐる 種田山頭火
「月」と「都」のほかはあまり似ていないと感じられる二句だが、山頭火は「東京」という異郷で月を見上げて、ああ故郷と同じだと感じたのだろうか。ナイロビの月も東京の月も、なぜか一種の感傷的な気分を誘いつつ、同時に安堵感を与えてくれる。名月は天空高くありながら、地上の故郷あるいは異郷と強く結びつく特質を備えているようである。
一句目のメッツ、そしてこの句のカルソーとも、俳人は時と海とを隔てても、このように通じあう同質の俳句的原風景を見ているのだろうか。
(俳句和訳:木村聡雄)
[Where One Line Goes (2) ―Plants and the Moon Toshio Kimura]
https://gendaihaiku.gr.jp/page-14970/ 【面影を追う 木村聡雄】より
記憶のどこかにしまい込まれた過去の一コマ。そのまま忘れられてしまうことも少なくないのだろう。そうした懐かしさを求め歩く旅人も確かに存在する。
邂逅
その皺の奥に
子どもの顔が ミュリエル・フォード
chance meeting
out of the wrinkles
a child’s face beams Muriel Ford
久しぶりに旧友とばったり出会ったときのこと。元気そうだが、お互い皺が増えたのはやむを得ない。その「皺の奥」に一瞬、まるで「子ども」のような輝きがきらりと...。この描写には俳人の持つ観察眼がと感じられるだろう。とはいえ実は、それを見つけた作者の内に今なお生き続ける子どもの心が、無意識のうちにも友の顔に刻まれた皺の奥に同じものを感じ取ったのではないか。書かれてはいないながら、作者自身の皺の奥にも同じ光があるに違いない。
写真帳
父の瞳に
自分を探す ジョン・ローランズ
photo album
he looks for himself
in his father’s eyes John Rowlands
古いアルバムを開くと、自分が生まれる前、若い日の父親の姿がそこに。おそらくは息子が、写真の中の父親の顔の目のあたりをじっと見つめている。もしかすると親戚などか誰かから、お前は目のあたりが父さんの若いころに似てきた、などと聞いたのかもしれない。実際、家族の昔の写真は自分にとって知らない過去にも関わらず、懐かしさが感じられることがある。ルーツを探りたいという気持ちは、それを引き継いで行こうとする心に繋がるのだろう。それもまた面影への旅のひとつである。過去と現在・未来とが重なる一瞬を捉えようとした一句と言えるだろう。
【俳句和訳:木村聡雄】
〈2句ともHaiku Canada Review (Volume 12, 2018, No.1) 〉
[Seeking After an Image Toshio Kimura]
https://gendaihaiku.gr.jp/page-14272/ 【動物だけが知っている 木村聡雄】より
another language
I don’t know
starling Ann Sullivan
私の知らない
別の言葉を
椋鳥よ アン・サリヴァン
作者が語る「知らない別の言葉」とはどのようなものだろうか。作者の思いを想像してみれば、俳句に惹かれて自らも(母国語で)作句していながら、おそらくは解読が難しそうな日本語だろうか。あるいは二行目で切らずに、外国語のみならず椋鳥の言葉(声)と続けて読むこともできそうである。椋鳥たちのあのうるさいほどの鳴き声は何を主張しているのだろう。
ところで言葉による意思疎通を考えてみると、実際我々は、多くの情報を視覚に次いで文字や音声などの言語から得ている。俳句も言葉に頼っているので意味が伝わらなければ成立しない。そのため俳句は原語のまま国境を越えるとその力が削がれてしまう。昔から続く翻訳や今日のAIは俳句が本来持つ力をある程度補ってくれるだろう。さまざまな言葉をこえて分かり合おうとする気持ちがあれば、世界中の争いの解決の糸口がなんとか見いだせるように思われるのだが。
midsummer twilight…
I follow the kitten into
our backyard jungle Corine Timmer
真夏の黄昏
子猫のあとを
裏庭の密林へ コリーヌ・ティマー
イギリスの都市部の家の敷地は道路から奥へと細長いものが多い。その奥は小さな裏庭となっている。隣家とはたいてい板の塀で隔てられているので、子猫がその庭の中を散歩するのはいつものことかもしれない。この日の夕暮れ、飼い主はふと子猫に誘われるように裏へとついていったという。イギリス人はガーデニング好きで知られるが、草花には手を入れすぎず自然のままのような雑然とした感じが好みのようである。とはいえ、それを「密林」と表現した途端、裏庭は未知の場所へと変貌する。密林の奥にあるものは...。子猫や動物だけが知っている別世界への入り口が存在するのかもしれない。
動物たちは、野生(の椋鳥)もペット(の猫)も、我々と時空をともにしながらそれぞれ別の言語の別世界に属しているらしい。これらの引用句は、作者が動物を通してそうした並行世界の存在に気づいたことを伝えるものなのだろうか。
〈和訳:木村聡雄 引用:Blithe Spirit 33:3, 2023(イギリス)〉
[Only Animals Know Toshio Kimura]
https://gendaihaiku.gr.jp/page-15168/ 【伝えたかったこと
木村聡雄】より
かなとこ雲伝えたかったことひとつ デビー・ストレンジ
anvil clouds there was something I wanted to say Debbie Strange
[Haiku Canada Review (Volume 11, 2017, No.1)]
夏の積乱雲のなかでも鉄床のような形をしたものは雨や風の前ぶれとも言われる。実際、見たところも圧倒されるような感じがあるだろう。そんな雲のせいか、言えず仕舞いのことが思い出されるというものだが、一体どのようなことだったのか。作者自身が句の中で語ることはない。それでもこの句が抽象的に過ぎると感じられることもないのである。というのも、この句に触れた読者は皆、自分が過去に言えなかったことを思い出すからである。誰もが経験したことのあることを読者の心の底から引き出し、それを答えのひとつとして一句を完成させようとする作品と言えるだろう。
ふるさとへ...
後に残してきた
教会 シャーロット・ディグレゴリオ
returning my hometown. . .
the church
i left behind Charlotte Digregorio
[Haiku Canada Review (Volume 12, 2018, No.1)]
実家への帰郷。かつてよく行った場所など思い浮かぶものは何だろうか。前掲句とは異なり、ここでは作者自身、「後に残してきた教会」だと読者にはっきりと伝えたいのである。これを、信仰から離れたことをほのめかしていると読むのは正確ではないように思われる。信仰を捨てた人はそれを幾分か感傷的に表現することをあえてしないだろうし、再び帰依しようとするならどこにいてもまず祈ることができるだろう。すると残してきたのは、ふるさとの教会という自分にとって特別な存在とそこにまつわる若き日々の精神だろうか。たとえば、かの地の子どもたちの多くが通う日曜学校では、聖書について学ぶのみならず、歌や劇そのほかの行事で仲間との触れあいがあったに違いない。やがて十代後半のころには係として子どもたちを指導したかもしれない。大人になると教会に通い続ける人ばかりではないとはいえ、こうした子ども時代の体験を通して信仰の一部分が形成されてゆくのだろう。確かに欧米の映画や音楽ビデオには教会の様子が身近なものとして描かれている。日本に置き換えると、子どものころの地元の神社の祭だろうか。日本人の多くはその後も新年になると初詣に出かけ、家族の健康や受験といった個人的な幸のみならず、平和な世界を祈る。毎年全国で数百万人が祈ることを考えると、われわれも案外信心深いのかもしれない。
(和訳二句とも:木村聡雄)
[Something I Wanted to Say Toshio Kimura]
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