消える木の伝説

http://www.hitozato-kyoboku.com/hahakigi.htm 【帚木(ははきぎ) - 人里の巨木たち】

より 

駒つなぎの桜を見た後、リーフレットに載っていた帚木を訪ねた。

 初めに帚木の名前について説明しよう。「帚」とは掃除に使う「ほうき」のこと。

 ホウキグサ(コキア)の形をした巨木が、遠くからは見えるのに、近づくとどこにあるかわからなくなる。そんな木を「帚木」と称したらしく、「人の心のうつろいや迷い・不確かなもの」の例えとされたようだ。

 新古今和歌集に、三十六歌仙の一人である平安時代の貴族坂上是則(さかのうえのこれのり)の歌「園原やふせ屋におふる帚木のありとは見えてあはぬ君かな」があるらしい。

 この歌に触発されたか、紫式部の源氏物語に「帚木」の帖があり、光源氏(ひかるげんじ)と空蝉(うつせみ)がそれぞれ「帚木の心を知らで園原の道にあやなく惑ひぬるかな」(光源氏)、「数ならぬ伏屋(ふせや)に生(お)ふる名のうさにあるにもあらず消ゆる帚木」(空蝉)と歌っているそうだ。(以上、上記リーフレットを参考)

 駒つなぎの桜から道なりにさらに800mほど登って行くと、帚木見学者と暮白(くれしろ)の滝見学者のための駐車場があり、そこから山道を約5分。稜線上に帚木が立っていた。と言っても、今は骸になってしまったが。

 リーフレットによると、根回り6m、高さ22mほどあったが、大正時代初期に2幹のうちの1本が倒れ、昭和33年(1958)の台風で残る1本も倒れた。今は左図のような姿である。地上1.3mの幹回りは、目分量で4.5mほどだろうか。(背後に見える幹は、帚木とは別のヒノキ)

 平安時代に既に大木であった帚木がこれだとは信じがたい。とうの昔に失われた帚木の面影をこの個体に求めたというのが真相ではないだろうか。

 その新「帚木」も、今では遠くからも見えなくなってしまった。


https://ogurasansou.jp.net/columns/arakaruta02/2021/12/30/17683/ 【【82】消える木の伝説】より

見えていたはずなのに遠くからは見えているのに、近づくと見えなくなってしまうという不思議な木。その木の名は帚木(ははきぎ)といい、帚(ほうき)のような姿をしていたといわれます。ほんとうに木が消えたのかはともかく、消える木の伝説は都で広く知られていました。

坂上是則(さかのうえのこれのり 三十一)はこのように詠んでいます。

そのはらやふせやに生ふるはゝきぎの 有りとは見えてあはぬ君かな(新古今和歌集 恋 坂上是則)園原の伏屋に生えている帚木のようにいるのがわかっていても会えないのがあなたなのですね帚木があったのは現在の長野県下伊那郡。

園原川の近くにその残骸とされる檜(ひのき)の根元が残っており、是則の歌の歌碑が建てられています。

帚木は『源氏物語』の巻名の一つでもあります。その由来は源氏と空蝉(うつせみ)との歌の贈答。

帚木の心を知らで 園原の道にあやなく惑ひぬるかな(源氏物語 帚木 源氏)

帚木のようなあなたの心を知らず 愚かにも園原の(恋の)道に迷ってしまったことです

返し

数ならぬ伏屋に生ふる名の憂さに あるにもあらず消ゆる帚木(源氏物語 帚木 空蝉)

取るに足らない卑しい生まれの情けなさにいたたまれず 帚木のように消えてしまうほかないのです 再会を拒み、会えそうで会えない空蝉を 見えているのに消えてしまう帚木にたとえたのが源氏の歌。

空蝉の返歌にある「伏屋」は園原の地名ですが、普通名詞の「伏屋」は廂が地面に触れてしまうほど小さい家のこと。

空蝉は地名の伏屋とおのれの育ちの貧しさを重ねて詠んでいるのでしょう。

消えない帚木《詞書》

伯耆(ははき)の国に侍りけるはらからの音し侍らざりければ 便りにつかはしける

ゆかばこそあはずもあらめ 帚木の有りとばかりは音づれよかし(後拾遺和歌集 雑 馬内侍)

(わたしが)行かないのだから会えるはずもないのだけれど 帚木のように(会えなくても)元気でいると知らせておくれ

馬内侍(うまのないし)が伯耆(ほうき=現在の鳥取西部)にいる同胞(はらから=同じ母親から生まれた兄弟姉妹)に宛てた歌。

会えないけれど確かにいるよと言ってくれというのです。「伯耆」と「帚木」に「母」を掛けています。

次の源俊頼(みなもとのとしより 七十四)も「母」に掛けたもの。《詞書》

物申しける人の母に申すべきことありてまかりて尋ねけるにたびたびなしと申してあはざりければはゝきゞはおもてふせやと思へばや 近づくまゝにかくれゆくらん

(続千載和歌集 誹諧 俊頼朝臣)

帚木は恥ずかしいと思うからこそ近づくほどに隠れていくのだろう

「物申す」は男女が交際すること。

「おもて伏せ」は恥ずかしがることで「伏屋」との掛詞です。

居留守を使って会ってくれない母親を帚木にたとえていますが、「帚木」が「母聞き」との掛詞だとすると、相手の女性が母親に知られるのを恥ずかしがって会わせなかったことに。

それより興味深いのは下(しも)の句です。俊頼は近づくにしたがって隠れていくと言っており、忽然と姿を消すとは言っていません。

たとえば、高い垣根の向こうに家が見えていたとします。

しかし垣根に近づいていけば家は垣根に隠れて見えなくなります。同じように帚木の手前に峠などがあれば、近づくほどに帚木は峠に隠れていくでしょう。

俊頼はなぜ帚木が消えるのか、知った上で詠んでいたのです。


Facebook加藤隆行さん投稿記事【全部妄想として生きる】

不安になると、人はつい「現実をなんとかしよう」とします。たとえば、お金が不安だと、お金を増やす方法を探すし、人間関係が不安だと、相手や自分を変えようとする。

病気が不安だと、検査や治療に飛びついたりする。もちろん、どれも大事。

ただね、**「ちょっと待って!」**なぜなら、現実を変える前に、心を見ないと、

その“現実”の見え方自体がズレてる可能性が高いからです。つまり、こういうこと。

たとえば、メガネがめっちゃ曇ってる状態で外に出て、「うわー!外が白くて何も見えない!

 ヤバい!」って言って、空を変えようとする人、います?

いや、メガネ拭こうよ。笑不安って、心のメガネが曇ってる状態なんです。しかもこのメガネ、曇るだけじゃなくて、色までつく。「足りない」色とか、「どうせうまくいかない」色とか、「怖い」フィルターとか。そのフィルターがあると、どんな現実も、「問題だらけ」に見えてしまうんです。

で、問題だらけだからあれこれ余計なことして、さらに事態をこじらせてしまう。じゃあなぜ、そんなことが起こるのか?それは、身体が“危険モード”に入ってるから。身体が不安を感じると、交感神経が優位になり、脳は「とにかく生き延びること」に全集中。

この状態、いわゆる“サバイバルモード”。

すると、・目は「危険なもの」だけにピントを合わせ・耳は「攻撃的な言葉」だけを拾い

・思考は「最悪のケース」を想定し始める心は「怖い、怖い」と大騒ぎ、思考は「やばい、やばい」と警報を鳴らし、身体は「動け、逃げろ」とフル稼働。

このとき、他人の優しさは目に入らないし、自分の成長なんて思い出せない。

「足りない」ものばかり探して、「責める」言葉ばかり口にして、どんどん“問題の現実”を強化していく。……これ、現実が悪いんじゃないんです。見てる自分が“怖がってる”だけなんです。だからこそ、現実を変えるより先に、心をゆるめてあげること。

つまりまずは「おーちーつーけ!」なんです。

たとえば──・ゆっくり呼吸する・温かいお茶を飲む・スマホを置いて空を見上げる

・お風呂に入る・猫を抱く・ボクのメルマガを読み返す(推奨)笑

身体がゆるんでくると、心も自然とほどけてきます。

フィルターが外れて、「なんとかなるかも」って思えてくる。実際、世界は変わってないのに、“見え方”が変わる。すると、“対応”も変わる。で、ほんとに“現実”も変わっていくんです。

結局のところ、今日ボクが言いたいことはシンプル。「現実より、心が先」これ、スピリチュアルな話でも、甘っちょろい慰めでもなくて、脳と身体のリアルな仕組みの話です。

心が不安なら、現実は“不安バージョン”で見えてしまう。

だからまずは、「おーちーつーけ」なんです。あらゆる現実への対処法みたいなこと学ぶよりも「自分がどうしたら まともな状態に落ち着きを取り戻せるか」これを手に入れることのほうがはるかに重要。

いま、めっちゃ不安かもしれないけれど現実をいじる前に、ぐるぐるの思考と、ざわざわの身体をひと呼吸おいて眺めてみてください。

そして「待つ」。これができるようになってくると不思議なぐらい、見える世界が変わってきますよ。動くのガマンして自分と世界を信じてみてね(^ω^)

コズミックホリステック医療・現代靈氣

吾であり宇宙である☆和して同せず  競争でなく共生を☆

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