復活と再生のシンボルとしてのヤドリギ

https://shimafukurou.hatenablog.com/entry/2021/09/04/103052 【復活と再生のシンボルとしてのヤドリギ】より

水仙月の四日

冬に樹木の高い枝を見ていくと,こんもりと小さな枝と葉のかたまりが毬(まり)状になっているのを見ることができる。これがヤドリギ(宿り木;Viscum album L. subsp. coloratum Kom )である(第1図)。冬でなくても注意深く観察すれば見つけることは難しくない。県立大磯城山公園でもごく普通に見られる。名前が示すように寄生植物で,主にケヤキ,エノキ,サクラなどの落葉樹に寄生し,鳥を媒介にして木から木へと移り地面に下りることはない。ただし,葉緑素を持ち光合成もするので半寄生植物である。

ヤドリギは,草にも見えるが,これでもれっきとした木の常緑樹で,2~3月に花が咲き,晩秋に黄色い実が熟す。果実は多量の粘液質を含んでいるので粘りがあり甘いらしい。ヒレンジャクやヒヨドリがこの実を好んで食べる。鳥が食べた後に堅い種子と一緒に消化しきれなかった粘液質を糞として排泄するので,この鳥の糞が金魚の糞のように糸を引いたようになり,糞は種子と一緒に鳥の行く先々で新たな枝にへばりつき,そこに新しい命を誕生させる。

欧州ではヤドリギは古くから神聖な植物とされ,ケルト人などが宗教的な行事に使用してきた。ヤドリギを夏至や冬至の夜に黄金の鎌(かま)で切り取り祭壇に供えたという。理由は,前述したように宿り主である落葉樹が葉を落とした後でも,青々とした葉を持ち続けるので,一旦は枯れたように見えた木が,あたかも再生したかのように見えるからである。北欧の神話の中にも登場してくる。オーディン(知恵・詩・戦い・農業の神)の息子バルドルが一旦は悪神ロキによってヤドリギの矢で殺されるが,その後復活する。ちなみに花言葉も「困難に打ち勝つ」とある。我が国でも賢治がこれらのことを知っていたとみえ,『水仙月の四日』(1922.1.19)という童話の中でヤドリギを不死あるいは復活と再生のシンボルとして使っている。

童話『水仙月の四日』の内容は,山村で生活している少年がカリメラ(砂糖菓子)を作るために砂糖を買いにいった帰りに猛吹雪に出くわして遭難してしまうというものである。東北地方の猛吹雪は,「八甲田死の彷徨」という新田次郎のドキュメントタッチの小説でも紹介されているように頑強な軍人でも死へ至らしめるほど迫力のあるものだが,本作品はその迫力に加えて全編,美しい詩的な言葉も加えて展開していく。

少年は赤い毛布(けっと)に包まっているが,寒さと疲れで猛吹雪の中で倒れてしまう。読者は少年が倒れた段階で死を予感すると思われるが,作者は,吹雪になる前に雪童子(ゆきわらし)という雪の妖精を出現させ従者の雪狼(ゆきおいの)に大きな栗の木から黄金色のヤドリギの毬を取らせ少年に投げつけ,死という結果にはならないことを暗示させる。その後,妖魔である雪婆んご(ゆきばんご)が現れ猛吹雪となる。ヤドリギを少年に拾わせた雪童子は雪婆んごから守るため,必死になって少年に倒れたまま動かないように叫ぶ。

 雪婆んごがやってきました。その裂けたやうに紫な口も尖(とが)った歯もぼんやり見えました。

「おや,をかしな子がゐるね,さうさう,こっちへとっておしまひ。水仙月の四日だもの,一人や二人とったっていゝんだよ。」

「えゝ,さうです。さあ,死んでしまへ。」雪童子はわざとひどくぶつかりながらまたそっと伝ひました。

「倒れてゐるんだよ。動いちゃいけない。動いちゃいけないつたら。」

 狼(おいの)どもが気ちがひのやうにかけめぐり,黒い足は雪雲の間からちらちらしました。

「さうさう,それでいゝよ。さあ,降らしておくれ。なまけちゃ承知しないよ。ひゅうひゅうひゅう,ひゅひゅう。」雪婆んごは,また向ふへ飛んで行きました。

 子供はまた起きあがらうとしました。雪童子は笑ひながら,もう一度ひどくつきあたりました。もうそのころは,ぼんやり暗くなって,まだ三時にもならないに,日が暮れるやうに思はれたのです。こどもは力もつきて,もう起きあがらうとしませんでした。雪童子は笑ひながら,手をのばして,その赤い毛布(けっと)を上からすっかりかけてやりました。

「そうして睡(ねむ)っておいで。布団をたくさんかけてあげるから。そうすれば凍えないんだよ。あしたの朝までカリメラの夢を見ておいで。」

 雪わらすは同じとこを何べんもかけて,雪をたくさんこどもの上にかぶせました。まもなく赤い毛布も見えなくなり,あたりとの高さも同じになってしまひました。

「あのこどもは,ぼくのやったやどりぎをもってゐた。」雪童子はつぶやいて,ちょっと泣くやうにしました。

(『水仙月の四日』 宮沢,1986)下線は引用者

あくる朝,吹雪も止み,村の方からお父さんらしき人が駆けつけてくるが,雪童子は少年の上に積もった雪を取り払い,語りに「子どもはちらっとうごいたやうでした」と言わせて物語が終わる。引用文にもあるように,雪童子が「あのこどもは,ぼくのやったやどりぎをもってゐた。」と泣くようしながら呟くのが印象的である。100%生きているという保障はないのだが,子供がヤドリギを持っていたということで,死ななかった,あるいは死んだとしても生き返ったということが読者に伝わるようにしてあると思われる。

「水仙月の四日」という日にちに関しては,諸説がある。私は,その中でもキリスト教における「復活祭」の当日のことを指しているという谷川雁の説を支持したい(伊藤,2001)。「復活祭」とは,十字架にかけられて死んだイエス・キリストが3日目に復活したことを記念する祭である。春分以後の満月直後の日曜日に行われる。童話『水仙月の四日』にも「しずかな奇麗な日曜日を,一そう美しくしたのです」という一文がある。賢治が生きた時代では1920年の復活祭は4月4日(日)であった。2021年も4月4日(日)である。

ヤドリギは宗教的な復活と再生のシンボルとしてだけでなく,実際の生活にも役立っていた。賢治が生活していた東北地方では,冷害などで不作のときヤドリギから餅を作って食べたという記録が残っている。また,薬草としても,利尿,降圧作用を目的とした漢方療法以外に民間療法的に強壮や産後の回復に使われた。多分,果実などには粘液質以外に多量のデンプンが含まれていて栄養価が高いからと思われる。このように,食料や医薬品が不足していたときには,体力や健康を復活させるためにも利用された。

参考・引用文献

伊藤光弥.2001.イーハトーヴの植物学 花壇に秘められた宮沢賢治の生涯.洋々社.東京.

宮沢賢治.1986.宮沢賢治全集 全十巻.筑摩書房.東京.

本稿は,『宮沢賢治に学ぶ 植物のこころ』(蒼天社 2004年)に収録されている報文「復活と再生のシンボルとしてのヤドリギ」を加筆・修正にしたものです。

https://hat51.net/?p=3230 【生命のシンボルで、復活・再生の象徴「鳳凰」】より

私は仕事柄、これからの時代は鳳凰の時代がくるということを聞くことがあります。スピリチュアル関係では、龍がブームでよく空の雲を見て龍神が現れたと表現する方がいます。龍がいれば、きっと鳳凰も空を優雅に舞っているのだろうと思います。羽を広げ飛んでいる鳳凰と太陽が一体化したような偶然撮れた写真です。

空に現れた鳳凰?

その鳳凰ですが、私がまず真っ先に思い浮かぶのが、手塚治虫の「火の鳥」という漫画。この手塚治虫の「火の鳥」は漫画の範疇を超えるどほどのパワーがある作品で、映画にもなっています。この「火の鳥」は地球史レベルで展開し、手塚治虫のライフワークであったと言われています。生命とは何か?永遠とは何か?そして愛とは何か?を仏教的な輪廻転生の概念も加わり、スケール大きく描いたものでした。実際、輪廻転生とか生命とか魂といったものについて、私は一等最初に「火の鳥」から学んだかもしれません。なので、私の本棚にはハードカバーの「火の鳥」の本が、後生大事に一式並んでいます。火の鳥=鳳凰は、生命のシンボルであり、復活と再生の象徴なのです。

その鳳凰について、手元にあるシンボル辞典から「鳳凰」の項目を調べてみると以下のようにあります。

「不死鳥あるいは鳳凰は、世界中どこでも、復活と不死、火による死と再生、の象徴とされる。不死鳥は、自らを犠牲として捧げて死ぬ架空の鳥である。不死鳥は三日間(月が姿を消すあいだ)死んだままでいるが、三日目に自分の体を焼いた灰から甦る。この場合、不死鳥は月の象徴であるが、不死鳥は「火の鳥」として太陽の普遍的象徴であり、神聖な王権、高貴、唯一無比、をあらわす。不死鳥はまた優しさをあらわすが、それは何の上にとまってもそこをけっして傷めることがなく、ただ露を飲むだけで生き物を殺して餌とすることがないからである。すべての<楽園>の不死鳥はバラと結びつく。

【錬金術】不死鳥は<大作業>の完成、再生の象徴。

【中国】・・・・・・鳳凰も陰と陽を同時にあらわす。雄である鳳は陽で、太陽に属する火の鳥である。雌である凰は陰で、月に属する。皇帝の象徴としての龍と対比された鳳凰は、完全な雌として皇后をあらわし、<鳳凰>と龍の並置は皇帝権力の陰陽両面を象徴する。凰の女性的な面は、美、繊細な感情、平和を意味する。鳳凰は「不離の和合」をあらわす結婚の象徴であるが、夫婦愛だけでなく、二元世界における陰陽完全相互依存の町長でもある。また、龍や麒麟と同じように、鳳凰もさまざまな要素の組み合せとして宇宙全体をあらわす。・・・・・・

【キリスト教】不死鳥は復活を象徴し、<受難>の火の中で焼かれ三日目に甦ったキリストをあらわす。また、死に対する勝利、信仰、節操、の象徴。

【エジプト】不死鳥は太陽に属し、復活と不死をあらわすものとして太陽の鳥べぬーと同一視され、また太陽神ラー(およびオシリス神)と結びつけられる。一説では、不死鳥とは、古代、ナイル河の水位上昇に先立って空に上がるシリウス星を言ったものだとともいう。(以上、『世界シンボル辞典』J・C・クーパー(三省堂)から引用)

龍については東洋と西洋では、その象徴的意味合いが違うのですが、鳳凰については世界的に見ても、生命や復活、再生のシンボルとなっているようです。面白いのは錬金術においても再生の象徴になっていることです。

ところで、私が大変お世話になっている台湾のNO.1女性占術師といわれる龍羽ワタナベさん、そして、古神道研究家の暁玲華さん、このお二人は鳳凰についての本を出しています。アプローチの方法は違えども、やはり生命の象徴として鳳凰は、ある意味で女神的な側面をあらわしており、これからの時代を考えるとその重要性を感じるわけです。たとえば、今回コロナ禍の騒ぎにより、世界は自粛経済となり、ネパールのカトマンズの空気が澄んでエベレストが見えるようになったということが話題になりました。これまで経済効率優先、成長と発展で進んできた世界、これでは地球が持たないと持続可能な社会の実現のためにSDGsの考え方が導入されています。世界に大きな衝撃を与えたコロナ・ウィルス、これまでの価値観を変化させざる得ない時代、アフター・コロナにむけて世の中はどう変わっていくのでしょうか?一つのキーワードが、生命や平和、再生の象徴である鳳凰=女神性なのではないかと思うのです。

では、そのお二人はどんなことを書いているのでしょうか?まずは龍羽ワタナベさんから。虹というキーワードがなるほどと思います。

『鳳凰の羽の五つの色は、五行に対応する「青」「赤」「黄」「白」「黒」を表しています。そして、その長く美しい羽をはためかせながら優雅に空を飛ぶことで、五行に結びつけられた五つの徳、「仁」「礼」「信」「義」「智」を私たちに向けてはナチ、伝え、諭してくれます。つまり鳳凰は「陰」と「陽」と「五行」のすべてを持ち合わせているのです。陰陽+五行=七色。七色といえば虹であり、鳳凰と虹はいずれも、よいことが起きる兆しとされています。・・・・・・見返りや評価を気にせず「陰徳を積む」人を、虹色鳳凰は応援してくれます。自分のためでなく、人のために役に立とうという思いを持ち、そのような生き方をすることで、自然に陰徳を積んでいけるのだと思います。』(「虹色鳳凰の招き方・もてなし方」龍羽ワタナベ・PHP研究所から引用)

そして、幻想的な視点で暁玲華さんは浄化と光について書いています。

『私は注意深く霊視をしました。・・・・・・鳳凰が温めることで、光が種に代わっているようでした。金色に見えるのは光の色です。もともとは真珠のように、そして卵のように白い珠です。この光は普通の光ではなく、海底で集められた光なのです。光の生れる海底は宇宙の闇とある次元でつながっている、と直感しました。宇宙で生まれる浄化の光と海底の光は同じ性質のようです。・・・・・・種の詰まった卵を鳳凰が、雨のように金の種と花たちを降らす。金の種が地面に降り注げばそこには花が咲き、人に注ぐと人の命が急に輝き、魂がわっと光を放つ。地上のすべてが輝きす、というヴィジョンを繰り返しみることになりました。鳳凰が大地を浄化する神の業を、ヴィジョンといえどもみることができたのです。』(「女神と鳳凰にまもられて」暁玲華・アメーバ―ブックス新社から引用)

ここで、上記の暁玲華さんが51コラボで開催したセミナーで「鳳凰」について語った映像をお届けしたいと思います。(この映像は4時間くらいあったものの一部抜粋映像です。)

https://www.youtube.com/watch?v=4WYuMOYf2Nw

以前、あるイベントのタイトル文字をお願いしたことがある知人の書道家(楽書家)の今泉岐葉さんが、火の鳥をモチーフに書とCG映像を融合させた素敵な映像を作られているのでご紹介いたします。復活が想起されるイメージとなっています。(★書:楽書家・今泉岐葉 http://www.rakushoka.net ★動画製作:クリの木プロダクション http://chestnut-prod.com/)

https://www.youtube.com/watch?v=64n0_YcVMYQ

今、日本全体をまるで龍が覆っているかのような感じで大雨を降らせています。元来、龍と鳳凰は一対であります。龍の向こうには愛と平和の鳳凰がいると思います。鳳凰は命と復活の象徴として大きな育みを与えてくれます。鳳凰が舞うところ光の種を振らせてくれます。次々と災難が降りかかっていますが、そこを耐え忍び、輝ける日本にならんことを・・・。

鳳凰は命の象徴であり復活・再生のシンボル。この大変な世の中、鳳凰のように飛翔し活力ある日本になって欲しいと切に願います!


寄生木(やどりぎ)や五百箇統の珠となる  高資

天知るや日の御影なる寄生木(ほや)の玉  高資

 大室古墳群(国指定史跡)— 場所: 群馬県 前橋市

https://shimafukurou.hatenablog.com/entry/2021/09/19/065604 【宮沢賢治の『若い木霊』(7) -なぜ物語にやどり木と栗の木が登場するのか-】より

若い木霊

Keywords: 栗の木,再生と復活,神聖な木,やどりぎ

本稿では,なぜ物語にやどり木と栗の木が登場するのかについて考察する。最後に「まとめ」を記す。

8.やどり木

「やどり木」はビャクダン科の「ヤドリギ(宿り木)」(Viscum album L.subsp.coloratum Kom.)のことで,高い木の途中に30~100cm位の緑色の球体となって寄生する。主にエノキ,クリ,ブナなどの落葉樹の枝に根を食い込ませ水分や養分を奪うが,自らも光合成を行なうので正確には半寄生植物である。熱帯産の「ヤドリギ」は水分を吸い尽くすとされ宿主樹木を枯らすこともあるが,日本で見られる「ヤドリギ」は宿主樹木を枯らすことはほとんどないと言われている。 

欧州では「ヤドリギ」は冬の落葉樹が葉を全て落とした枝に,生き生きと緑の葉を付けているので神聖なものとされていた。特に北欧では落葉樹の「オーク(ブナ科 コナラ属植物の総称)」が古代から最も神聖な木とされていたので,「オーク」に付く「ヤドリギ(セイヨウヤドリギ)」(Viscum album L. subsp.album)は一番珍重され,再生や不滅の象徴とされていた。例えば,ギリシャ神話にも冥界を訪れた半神の英雄アイネイアスが安全に地上に戻れるように,ヤドリギを持って行ったという話が残っている(De Vries,1984)。北欧では1年で最も日が短い「冬至」に光の神バルデルの人形と「ヤドリギ」を火のなかに投げ,太陽の死からの再生・復活を願う火祭りが行われる。つまり,欧州では「ヤドリギ」は「再生復活の呪力」があるものとして崇められてきたようである。

童話『若い木霊』では「ヤドリギ」は「黄金(きん)色のやどり木」として登場してくる。この「黄金色のやどり木」も「再生復活の呪力」が関係していると思える。「ヤドリギ」が金色なのはフレーザー(Sir James George Frazer;1854~1941)の『金枝篇(The Golden Bough)』(1890~1914)という著書の影響があるのかもしれない。フレーザーは「ヤドリギ」がなぜ「金枝」と呼ばれるかについて,切り取られた「ヤドリギ」の葉が次第に金色を帯びるからとしている(Frazer,1973)。童話『若い木霊』の「金色のやどり木」には,高慢になって太陽の届かない「暗い森」すなわち「性欲」などの欲望に囚われそうになっている修行中の〈若い木霊〉を「みんなのさいはひ」を求める本来の姿に復活させようとする役割が与えられているように思える。

ただ「ヤドリギ」が枯れるなどして金色になるかどうかは疑わしいところがある。余談だが,フレーザーの『金枝篇』を読んで「ヤドリギ」を切り取って数ヶ月放置して枝や葉が金色になるかどうか確認しようとした植物研究者がいる。その研究者によると「私もいちど試してみたのだが,褐変して,あげくは,ばらばらになってしまった。気候のちがいか,付着する菌類がちがうのか,その原因はいまだに解らない」としてある(栗田,2003)。賢治が実際に「黄金色のヤドリギ」を見たかどうかは定かではない。

9.栗の木

この童話で「ヤドリギ」は「栗の木」に付いていた。この「栗の木」にも何か意味が込められているのだろうか。童話『水仙月の四月』と童話『タネリはたしかにいちにち噛んでゐたやうだった』にも「黄金(きん)いろのやどり木」が登場するが,いずれも「栗」の梢に付いている。

また,賢治は昭和5年(1930)2月9日に教え子の沢里武治に「もし三月来られるなら栗の木についたやどりぎを二三枝とってきてくれませんか。近くにあったら。」(下線は引用者)と手紙を出している。賢治は「栗の木」とわざわざ指名している。4月4日に「やどりぎありがとうございます。ほかへも頒(わ)けましたしうちでもいろいろに使ひました。あれがあったらうと思われる春の山,仙人峠へ行く早瀬川の渓谷や赤羽根の上の穏やかな高原など,いろいろ思ひうかべました。・・・こんどはけれども半人前しかない百姓でもありませんから,思い切って新しい方面へ活路を拓きたいと思ひます。期して待って下さい。・・・私も農学校の四年間がいちばんやり甲斐のある時でした。但し終わりのころわづかばかりの自分の才能に満じてじつに倨傲(きょごう)な態度になってしまったこと悔いてももう及びません。しかも,その頃はなお私には生活の頂点でもあったのです。もう一度新しい進路を開いて幾分でもみなさんのご厚意に酬いたいとばかり考えます。」と返信している。

賢治は,教え子である沢里の手紙を貰う2年半前(1928年8月)に両側肺浸潤と診断され以後自宅で療養生活を送っていた。それが1929年9月頃になると病状も回復してきて,さらに半年後には引用した手紙に書かれてあるように「思い切って新しい方面へ活路を拓きたいと思ひます」とすっかり健康を取り戻した。沢里に送ってくれるように頼んだ「ヤドリギ」は再生復活を強く意識したものと思われる。賢治はその後石灰岩を粉砕して肥料を作っている鈴木東蔵に出会い,東北の酸性土壌を安価な石灰で改良するという東蔵の話に意気投合し,昭和6(1931)年2月に東北砕石工場の嘱託技師となり石灰の宣伝・販売に従事するようにうなる(佐藤,2008)。

賢治が「栗の木についたやどりぎ」を指定したのは,「オーク」が欧州の先住民にとって神聖な木であったように,「栗」が我が国の「先住民」にとって神聖な木であったからと思われる。

「栗」は,我が国の山野で普通に見られる「クリ」(別名はシバグリ,ヤマグリ;Castanea crenata Siebold et Zucc..)のことであろう。「オーク」と同じブナ科の落葉高木である。果実はクルミ,トチ,各種ドングンリと同様に縄文時代からの狩猟採取民にとって重要な食料源であった。近年,縄文時代中期頃とされる青森県の三内丸山遺跡で極めて高率に花粉分布域が検出され,当時この周辺には栽培・管理された純林に近い「クリ林」が存在していたことが明らかにされている。さらに,縄文人は果実を食料にするだけでなく木材を住居の柱,杭,丸木舟,櫂(かい)など土木・用具材に利用してきたことも明らかになってきた。

三内丸山遺跡で,巨大な集落跡に「クリ材」を使用したと思われる地上の高さ15mと推定される6本柱の巨大な掘立柱建物跡(直径約1m)が出土した。柱穴規模や残された「クリ材」の巨大さ,集落内の移住空間と分離した位置にあることから,一般の掘立柱建物とは異なった祭祀的性格の強い構造物だったとされている(植田,2005)。縄文文化の中心が「東北」ということを考えれば,「クリ」は狩猟採集の縄文時代を通じて最もよく使われる木材の1つであり,また神聖な木であったと考えられる。

10.まとめ

(1)童話『若い木霊』は,「鴾の火」や〈大きな木霊〉や「黒い森」など難解な用語が多く,全体の意味が取りにくい謎の多い作品の1つとして知られている。難解な用語を解くカギは,「四」という数字に隠されていると思われる。なぜなら,木の霊である〈若い木霊〉は,木から抜け出して早春の4つある丘を散策していくが,最初の丘で何か胸がときめくのを感じ,柏の木の下で「来たしるし」として「枯れた草穂をつかんで四つだけ結ぶ」という不思議な動作をするからである。

(2)〈若い木霊〉には,菩薩になりたかった賢治自身が投影されていると思われる。修行僧がイメージされている〈若い木霊〉にとって胸をときめかすものは「法華経」と思われる。〈若い木霊〉が「四つだけ結ぶ」とは,28品目ある「法華経」のうち,特に方便品第二,如来寿量品第十六,安楽行品第十四,観世音菩薩普門品第二十五の4品を学ぶということを意味していると思われる。〈若い木霊〉は4つの丘の間にある平地や窪地にいる擬人化された〈蟇〉やそこで咲いている〈かたくり〉や〈桜草〉の独り言あるいは葉に現れる文字のようなものから「法華経」の「四要品」の教えを学ぶことになる。

(3)最初の丘を下ったところの窪地にいる〈蟇〉の「鴾の火だ。鴾の火だ。もう空だって碧(あお)くはないんだ。桃色のペラペラの寒天でできてゐるんだ。いい天気だ。ぽかぽかするなあ。」という独り言は,「法華経」の「方便品第二」の教えに相当すると思われる。「方便品第二」では「如来がこの世に登場したのは煩悩に縛られている衆生を救うためである」と説かれている。物語では,土の中から出られないでいた〈蟇〉(煩悩で苦しんでいる衆生)が,日が長くなった春の光(如来の登場)で救いだされたのである。〈若い木霊〉は〈蟇〉の「鴾の火」という言葉を聞いて「胸はどきどきして息はその底で火でも燃えてゐるやうに熱くはあはあ」する。この〈若い木霊〉にとっての「鴾の火」は多くの研究者によって「若い主人公の中に目覚めた官能の象徴」と解釈されてきた。しかし,筆者は,〈若い木霊〉が興奮したのは,〈蟇〉の独り言の中に「法華経」の「方便品第二」の教えを読み取ったからと考える。

(4)2つめの丘の向こうにある窪地には〈かたくり〉が咲いている。その〈かたくり〉の葉に現れるあやしい文字「そらでも,つちでも,くさのうえでもいちめんいちめん,ももいろの火がもえてゐる。」は,「観世音菩薩普門品」の教えに対応する。観世音菩薩とはサンスクリット語では「あらゆる方角に顔を向けたほとけ」という意味である。「観世音菩薩普門品」には,観音の力を念じれば菩薩はどんなところでも一瞬のうちに現れて,念じた者の苦しみを無くしてくれるということが記載されている。太陽の高さが高くなり日陰だったところに春の光が「いちめんいちめん」に射すようになると〈かたくり〉が芽を出し,そして花を咲かせるようになる。

(5)3つめの丘を下ったところの窪地には〈桜草〉が咲いている。この〈桜草〉は,「お日さんは丘の髪毛の向ふの方へ沈んで行ってまたのぼる。そして沈んでまたのぼる。空はもうすっかり鴾の火になった。さあ,鴾の火になってしまった。」と独り言を言う。この独り言は,「法華経」の「如来寿量品」にある「良医治子の誓え」に対応していると思われる。

(6)「良医治子の誓え」は,如来の教えを学ぶ衆生に対して,求道心を強く持たせようとするものである。「法華経」によれば,如来の寿命は本来無限であるのだが,無限と言ってしまっては衆生が怠けてしまうので,時には死んだと嘘をつくというものである。〈桜草〉にとって太陽からの光は「鴾の火」であり,尽きることはないと思われるが,一日中連続的に浴びていたらうまく成長できない。すなわち,植物にとって太陽は毎日一定時間沈む必要があるのである。

(7)〈若い木霊〉は,〈桜草〉の独り言を聞いて「胸がまるで裂けるばかりに高く鳴り出し・・・その息は鍛冶場のふいごのやう,そしてあんまり熱くて吐いても吐いても吐き切れなく」なってしまう。〈若い木霊〉は〈桜草〉の独り言の中に「ほんたうのこと(=真実)」を感じ取ったと思われる。賢治も書物を読んで激しく感動した経験を持っている。賢治の弟の清六は,賢治が盛岡高等農林学校へ進学するための受験勉強をしていた頃の兄について,賢治は,島地大等編纂の『漢和対照妙法蓮華経』にある「如来寿量品第十六」を読んで感動し,驚喜して身体がふるえて止まらず,この感激を後年ノートに「太陽昇る」と記していた」と述べている

(8)〈鴾〉が〈若い木霊〉を案内した4つめの丘の「南」に位置する「桜草がいちめん咲い」ていていて,その中から「桃色のかげろふのやうな火がゆらゆらゆらゆら燃えてのぼって」いる場所は,賭博場あるいは性的エネルギーの発散場所でもある遊郭などがイメージされているように思える。

(9)〈鴾〉が桜草の咲いている場所で〈若い木霊〉に分け与えようとした「鴾の火」は,〈鴾〉自身がときめく「番(つがい)」の対象となる「黒い鴾」であると思われる。別の言葉で言えば「官能の象徴」でもある。物語の〈鴾〉が「トキ」(Nipponia nippon)のことであるとすれば,この〈鴾〉の羽は通常白く裏側が桃色であるが,繁殖期になると〈鴾〉は首の周りから出る分泌物をこすりつけることで,頭から背中にかけて黒灰色になる。しかし,〈若い木霊〉は〈鴾〉が差し出した「黒い鴾」すなわち「官能の象徴」を「桃色のかげろふ」のような火の中からは認識することができなかった。

(10)〈鴾〉が分けてくれた「鴾の火(=黒い鴾=官能の象徴)」が〈若い木霊〉に見えなかったのは,「桃色のかげろふ」のような火の向こうにある「暗い木立(黒い木)」に秘密がある。多分,〈若い木霊〉は背景にある「暗い木立」が「黒い鴾」を見えにくくしているのだと思われる。

(11)「黒い木」は,〈桜草〉の「お日さんは丘の髪毛の向ふの方へ沈んで行ってまたのぼる」という独り言の中の「髪毛の向ふ」と関係していると思われる。「髪毛の向ふ」とは「お日さん」が沈むところであろう。「お日さん」を「如来の言葉」すなわち「法華経」とすれば,「髪毛の向こう」は「法華経」が隠されているところなのかもしれない。「安楽行品」の「髻中明珠の譬え」には「法華経」の譬喩である宝珠が如来の頭にある「髻」の中に隠されているとある。すなわち,「暗い木立」は〈若い木霊〉にとっては「髻中明珠の譬え」にある「髻」の髪の毛であろう。

(12)「髻中明珠の譬え」とは,転輪聖王という王が闘いで活躍した兵士に城や財宝を与えて讃えたが,自分の束ねた髪の中に隠した宝珠だけは大きな功績がある者にだけしか与えなかったという譬え話である。この話で転輪聖王は「如来」で,兵士は衆生,城や財宝は法華経以前の仏の教えで,「髻」の中の宝珠は「法華経」である。法華経は諸経の中で最も優れていて高度なものだから,少しでも遊びや快楽の要素が含まれているものに近づこうとする者には理解できないとする教えである。

(13)だから「桜草のかげらふ」の中に飛び込んだ〈若い木霊〉には,背景にある「暗い木立」で〈鴾〉が「すきな位持っておいで」と差し出した「鴾の火」すなわち繁殖期の「黒い鴾」が見えなかったのである。「黒い木」とは転輪聖王(如来)の「髻」の髪の毛であろう。すなわち,〈若い木霊〉は「宝珠」(法華経)が隠されている如来の「髻」の中に飛び込んだのである。〈若い木霊〉が飛び込んだ「桜草のかげらふ」とは〈若い木霊〉にとっては如来の「髻」であり,〈鴾〉にとっては繁殖期の雌の〈鴾〉のいる「遊郭」やトランプ遊びができる娯楽の場所である。

(14)〈若い木霊〉が帰ろうとしたときに「黒い森」の中から「赤い瑪瑙」のような眼玉をきょろきょろさせて〈大きな木霊〉が出てくる。〈若い木霊〉はこの〈大きな木霊〉を見て逃げてしまう。この〈大きな木霊〉は性愛を伴う恋愛の対象者としての〈大人の木霊〉であろう。そして,この〈大きな木霊〉から逃げたのは,「法華経」の「安楽行品」から「みんなをさいはひ」に導くためには「若い女性に近づくな」ということを学んだからである。

参考・引用文献

De Vries,A.(著),山下圭一郎他訳.1984.イメージ・シンボル事典.大修館.東京.

Frazer,J.G.(著),永橋卓介(訳).1973.金枝篇(5).岩波.東京.

栗田子朗.2003.折節の花.静岡新聞社.静岡.

佐藤竜一.2008.宮澤賢治 あるサラリーマンの生と死.集英社.東京.

植田文雄.2005.立柱祭祀の史的研究-立柱遺構と神樹信仰の淵源をさぐる-.日本考古学 12(19):95-114.

コズミックホリステック医療・現代靈氣

吾であり宇宙である☆和して同せず  競争でなく共生を☆

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