言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか

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ことばには、「記号」と「身体性」とうい二面性がある。人類史の進化の過程で、人間の身体的感覚を帯びたことばの多くが抽象的な記号となり、身体的感覚から離れていく。人類が長い歴史のなかで言語を獲得してきたプロセスは、赤ちゃんの言語獲得のプロセスと重なる。

 赤ちゃんが最初に認識することばは、オノマトペ(擬音語・擬態語)である。モノや行為にはそれに対応することばがあるという最初の気づきが、言語獲得の第一歩となる。体系としての言語が形成されていなかったであろう原始の人類が最初に発したことばも、きっとオノマトペだったに違いない。「オノマトペは言語に値しない」という古い言語学を乗り越えて、著者は「オノマトペ言語起源説」を唱える。くわえて、記号化したことばも、完全には「身体性」から離脱していないケースも多々あり、これは、日本語だけではなく他言語にも視野を広げた研究のなかで、解き明かされる。

 1歳半の孫は、去年秋頃に、まず、親が発する「ポイして」というオノマトペに従って、ゴミ箱にモノを投げ入れることができるようになった。年末には、「あけて」ということばを自ら発して、容器の蓋をとってもらって、中の好物を食べたいという意思表示をした。もう少し観察していると、周囲に何かを要求するときも「あけて」と発語している。誤用ではあるが、わずかに獲得したたった一つのことばを、他の行為にも援用している試行錯誤に、「ああ、間違いなく、人間の子だわ。『推論』の力が働いてるわ」と、変に感動した次第。

ところで、この著作に、「記号接地問題」や「アブダクション推理」など、聞き慣れない用語が出てくる。「記号接地問題」は、AIの進化のなかで初めて語られた概念とのこと。AIの登場と進化が刺激となって、さらに深い探究に挑む科学者の意気込みに脱帽。年の初めから、錆びついた頭を揺さぶられ、刺激となった。

 これまで読んだ今井むつみさんの著作の集大成とも言うべき圧巻の書。読み始めは素人には難しかった。先に「あとがき」を読むと、理解の助けになる。


https://note.com/hiroyukimonchy/n/ndbbe8ec15a26 【言語の本質:人間の思考と進化の鍵】より

言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか (中公新書)

人間の知性と芸術の源泉である言語。その本質を探求する旅は、人間とは何かを考えることそのものです。今井むつみと秋田喜美の共著『言語の本質 - ことばはどう生まれ、進化したか』は、その旅の指南書とも言える一冊です。

目次

## 言語の起源と進化

## 言語の本質とは何か

## 言語の進化と人間の特性

## 言語の本質への深い洞察

本の説明

タイトル:言語の本質-ことばはどう生まれ、進化したか (中公新書 2756)著者:今井 むつみ (著), 秋田 喜美 (著)出版日:2023年5月24日出版社:中央公論新社ISBN-10:4121027566ISBN-13:978-4121027566評価:4.4/5 (63件のレビュー)商品説明:日常生活の必需品であり、知性や芸術の源である言語。なぜヒトはことばを持つのか? 子どもはいかにしてことばを覚えるのか? 巨大システムの言語の起源とは? ヒトとAIや動物の違いは? 言語の本質を問うことは、人間とは何かを考えることである。鍵は、オノマトペと、アブダクション(仮説形成)推論という人間特有の学ぶ力だ。認知科学者と言語学者が力を合わせ、言語の誕生と進化の謎を紐解き、ヒトの根源に迫る。

## 言語の起源と進化

この本は、認知科学者と言語学者が力を合わせて、言語の誕生と進化の謎を解き明かす試みです。その鍵となるのが、オノマトペと、アブダクション(仮説形成)推論という人間特有の学ぶ力です。

オノマトペ、つまり擬音・擬態語は、音と意味の間に直感的な関連性を持つ言葉です。子どもたちは、このオノマトペを通じて言語を覚え、その過程でアブダクション推論を用いて新たな知識を形成します。この二つの要素が、言語の起源と進化に深く関わっていると本書は論じています。

## 言語の本質とは何か

言語の本質を理解するためには、言語がどのようにして生まれ、どのように進化してきたのかを理解することが必要です。本書では、オノマトペとアブダクション推論を中心に、言語の起源と進化を詳細に解説しています。

オノマトペは、音と意味が直接的に関連する言葉で、子どもたちが言語を学ぶ際の重要な手がかりとなります。一方、アブダクション推論は、既存の情報から新たな仮説を導き出す思考のプロセスで、これにより子どもたちは新たな言語の知識を形成します。

これら二つの要素が、言語の起源と進化における重要な役割を果たしていると本書は指摘しています。そして、これらを理解することで、言語の本質に迫ることができるのです。

## 言語の進化と人間の特性

言語の進化は、人間の特性と深く結びついています。本書では、ヒトとAIや動物の違いを明らかにし、言語の本質を問うことで、人間とは何かを考えることを提案しています。

その一つの答えとして、本書は「仮説形成推論」を挙げています。これは、人間が新たな情報を得るために用いる特有の思考のプロセスで、人間が言語を持つ理由の一つとされています。

また、本書はオノマトペを言語の起源と位置づけ、その音と意味の関連性が、言語の進化における重要な役割を果たしてきたと論じています。

## 言語の本質への深い洞察

『言語の本質 - ことばはどう生まれ、進化したか』は、言語の起源と進化、そしてその本質について深い洞察を提供する一冊です。認知科学者と言語学者の視点を組み合わせることで、言語の謎を解き明かす新たな道筋を示しています。

この本を読むことで、言語がどのようにして生まれ、どのように進化してきたのか、そしてその本質とは何かについて、新たな理解を得ることができます。言語の本質を探求する旅に、ぜひこの本をお供にしてみてください。

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Meta description: 『言語の本質 - ことばはどう生まれ、進化したか』は、認知科学者と言語学者が力を合わせて、言語の誕生と進化の謎を解き明かす試みです。オノマトペとアブダクション推論が鍵となります。

本の説明

タイトル:言語の本質-ことばはどう生まれ、進化したか (中公新書 2756)

著者:今井 むつみ (著), 秋田 喜美 (著)

出版日:2023年5月24日

出版社:中央公論新社

ISBN-10:4121027566

ISBN-13:978-4121027566

評価:4.4/5 (63件のレビュー)

商品説明:

日常生活の必需品であり、知性や芸術の源である言語。

なぜヒトはことばを持つのか? 

子どもはいかにしてことばを覚えるのか? 

巨大システムの言語の起源とは? 

ヒトとAIや動物の違いは? 

言語の本質を問うことは、人間とは何かを考えることである。

鍵は、オノマトペと、アブダクション(仮説形成)推論という人間特有の学ぶ力だ。

認知科学者と言語学者が力を合わせ、言語の誕生と進化の謎を紐解き、ヒトの根源に迫る。


https://realsound.jp/book/2023/08/post-1384815.html 【「AIと人間は言語の学習において、正反対のアプローチを採っている」 ベストセラー新書『言語の本質』著者インタビュー】より

文・取材=山内貴範

今井むつみ、秋田喜美 著『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(中公新書)

 『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(今井むつみ、秋田喜美(きみ)著/中公新書)が売れに売れている。言語学を扱った本としては異例のベストセラーとなっているが、これはChatGPTなどの対話型AIの進化に伴う、言語への関心の高まりが背景にありそうだ。

 今回、話題騒然の本著をまとめ上げた今井むつみ氏、秋田喜美氏のふたりに、言語学に秘められた謎と魅力を語ってもらった。ちなみに今井氏は認知科学者、秋田氏は言語学者である。違う分野だからこそ分析できた、理解が深まった部分はあるのではないだろうか。

 ふたりの話を聞いていると、言語の本質を問うことは、「人間とは何か?」という深淵なる謎に迫る問いであることが見えてきた。(山内貴範)

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言語学の本が13万部突破!

――『言語の本質』13万部突破おめでとうございます。ベストセラーになった現在の感想をお聞かせください。

今井:反響の大きさに喜びを感じると同時に、びっくりしているのが正直なところです。これほど反響があるとは思わなかったですね。

秋田:今井先生と同じで嬉しい気持ちなのですが、ちょっと怖い思いもあります(笑)。

――なぜ今、言語学の本が注目されているのかと考えてみると、昨今話題になっているChatGPTなど、生成AIへの関心の高まりも影響があったのかなと思います。生成AIがどのようにして言語を使いこなすのかといった議論は、ネットでも盛り上がっていますね。

今井:そうですね、出したタイミングが今だったからこその反響もあったのだと思います。ChatGPTがリリースされる前だったら、もしかすると反響は今ほど大きくなかったのではないかと。誰もが言語を空気のように扱っていますから、普段はあえて振り返り、考えることをしません。生成AIの実用性が急速に高まったことで、言語とはいったい何なんだろうと考える人が増えているんでしょうね。

――この本の企画が立ち上がったのはいつ頃なのでしょうか。

今井:企画が通ったのは5年ほど前です。したがって、何年か前に刊行されているはずだったのですが、いろいろな私の諸事情で遅れて今に至りました。中公新書編集部にはご心配とご迷惑をおかけしましたが、結果的には遅れてよかったのかもしれません(笑)。

――言語に関する議論を一冊にまとめようとしたきっかけは、編集者からの推薦などがあったのでしょうか。

今井:私の前の本を読んだ編集さんから中公新書で何か書いてほしいとお話をいただきました。ちょうど秋田先生とオノマトペと言語の進化について研究を進めていて、いろいろ話をしていたところだったので、秋田先生と一緒になら書くということで、お引き受けしました。

言語の「記号接地問題」って何?

今井むつみ氏

――『言語の本質』はオノマトペを考察することで、人間がどのようにして言語を獲得するのかを論じた書籍です。認知科学において未解決の「記号接地問題」にも迫る内容で、同問題はもともとAI研究で盛んに議論されていたものだとされています。改めて、今井先生が記号接地問題と意識的に向き合うようになったきっかけを教えてください。

今井:私が博士課程を終えてアメリカから帰ってきて、慶應義塾大学環境情報学部に就職したばかりの頃、すぐ近くの研究室に、の故・古川康一先生という高名なAI研究の大家がいらっしゃいました。先生から、私の言語習得研究のアプローチは、まさに記号接地問題だと指摘されたときから、興味をもつようになりました。

 記号接地問題とは、例えば「メロン」という言葉(記号)に対して、我々人間はその色合いや模様、匂い、果肉の触感や味や舌触りなどの特徴を思い出すことができますが、一方でコンピュータに「メロン」という記号と「美味しい」や「丸くて緑色の果実」といった別の記号とを結びつけたところで、コンピュータは「メロン」を知ったといえるのか、という問題です。

 AIに携わっている人たちは言葉を辞書のように別の言葉で定義し、コンピュータにその定義を与えて、論理を操作していました。しかし、それぞれの定義と言葉が身体経験や感覚と紐づいていなかったのです。つまり、「メロン」という言葉に定義を与え、特徴を連ねることはできても、どんなに特徴を連ねたところで、メロンが持つ香りや触感、色、味などの表現は記号の羅列に過ぎない。経験に紐づいていなければ、どんなに詩的に表現したとしても、メロンがどういうものなのか、その本当の意味をAIが知る術はありません。

――AIが本質的に、何を学習できて、何を学習できないかのポイントになってきますね。

今井:記号接地という言葉を生み出したスティーブン・ハルナッドが、AIによる言語習得について、「一度も身体感覚に接地せず、記号を別の記号で表現し続けるメリーゴーランドのようなものだ」と説明していました。今は画像処理技術が進化したので、メロンというものの記号を出したら、メロンの画像を認識するくらいならAIの技術的にも可能です。多くの動物の中から猫がどれを指すのか対応付けもできるので、「AIはすでに記号接地ができている」という立場の研究者もいます。しかし、食感や味への紐づけはできておらず、ましてや感情への紐づけもできていません。

――しかし、人間はAIのように膨大な情報を与えられなくても、自然に何がメロンで、何が猫なのか理解できるようになります。

今井:ハルナッドは、身体感覚に接地せずに言語を学習できるのかどうかという問題提起をしました。そもそも言葉の大部分は音から意味がわかるものではなく、抽象的な記号の体系で、恣意性(言語の形式と意味の間の関係は恣意的で必然性がない)があります。では、赤ちゃんはどうやって抽象的な言語に辿りつけるのかという問題があり、その鍵の一つとなるのがオノマトペではないかと、私たちは考えています。

赤ちゃんはどう言語を学ぶのか

――AIと赤ちゃんでは、言語の学習の仕方にどのような違いがありますか。

今井:AIと人間は言語の学習において、正反対のアプローチを採っていると考えています。今のAIはデータが大きければ大きいほど、人間の言語に近いパフォーマンスができますよね。膨大なデータを高い処理能力で扱い、言語を抽出します。対する赤ちゃんも大量のデータに囲まれ、2~3年で何万語もの単語をインプットしているという研究者もいますが、その性質はAIとは異なるでしょう。

――環境にたくさんのデータがあることと、それを赤ちゃんが処理できるかは別問題ですよね。

今井:赤ちゃんはAIのように、一度に大量のデータにアクセスできません。しかし私は、赤ちゃんは限られた情報処理能力しかないことを逆手に取り、処理可能なデータの中から「推論」によって知識を少しずつ作ることを積み重ね、その知識を自ら拡張していると考えています。

 論理学で推論といえば、演繹推論と帰納推論があります。演繹推論は、ある命題(規則)が正しいと仮定し、またその事例が正しいときに、正しい結果を導くという推論。帰納推論は、同じ事象の観察が積み重なったとき、その観察を一般規則として導出する推論です。そして、赤ちゃんが言語を獲得するのに使われているのは、第三の推論とされる「アブダクション推論」だというのが我々の考えです。

 アブダクション推論は、簡単にいうとデータが不足している状況で、非常に少数の事例から一般規則を導き出そうとしたり、ある事象について、直接目では観察できない原因を推論するような推論です。アブダクション推論は、日本語では「仮説形成推論」と訳されることが多いですが、訳のとおり、正しいとは限らない「仮説」を作るのがアブダクション推論です。実際、アブダクション推論では多くの間違いをします。

 私は常にネットや新聞で子どもの「言い間違い」をウォッチしているのですが、それはまさにアブダクション推論ならではのエラーなのです。朝日新聞のコラムにあったのですが、おばあちゃんが「粗茶です」とお客さんに出したら、5歳の子どもが「お茶ではないの?」と聞いたそうです。おばあちゃんが「お客さんにお出しするものには『そ』をつけるんだよ」と教えたら、子どもは猫を見ながら「これがうちの『そねこ』です」と言ったそうです。

学んだことをすぐに実践する

――面白いですね。子どもは学んだことを、すぐさま実践してみたいと思うわけですね。

今井:AIのように膨大なデータから一般化するのではなく、あることを知ったら、即座に他のことに当てはめてしまいます。これは子どもに限ったことではなく、人間には何かのパターンを知ると仮説を作り、新しい事例に当てはめようとする思考がある。これこそが、人間の言語習得のベースになっているのではないかと。

――仮説を即座に新しい事例に当てはめてしまうのは、人間特有の能力でもあると。

今井:もしかすると人間の凄みって、遠い分野の知識をポーンと直感的に結びつけてしまうことなのかもしれません。日常では、必ずしも研究者のように仮説を証明する必要はありません。根拠もないのに持っている知識で仮説を立て、勝手に理由を考えてしまうのは、人間が赤ちゃんの頃から行っている習慣だと思います。人は、何かの事象について、常に自然に原因を考えたり、説明を求めたりせずにいられないのです。

――例えば、どのような行動が挙げられますか。

今井:よく遅刻する人が待ち合わせに遅れたら「いつものことだ」と思うけれど、時間に几帳面な人が遅れると「事故があったんじゃないか」と不安視するように、相手によって理由を変えますよね。ChatGPTは一般論をもとに考えますが、人間はピンポイントでその人の過去の行動や性格から、ある種の確信をもって「今日もどうせ寝坊したんだろう」と仮説を立てるのです。この発想の飛躍はときに誤りをもたらすものではありますが、人間があらゆることを想像し、さまざまな文化を発展させる鍵にもなってきたのではないでしょうか。

なぜ、オノマトペが注目されるのか

秋田喜美氏

――先生方は記号接地の謎にオノマトペを使って迫ろうとしています。オノマトペとは、「ぐつぐつ」「びちゃびちゃ」「キラキラ」などといった、感覚的なイメージを音で写し取った言語表現ですが、それが言語習得の謎を解く鍵になるとは驚きです。オノマトペは言語学において長らく重要視されていなかったのが、近年では世界中で研究対象となっているそうですね。

今井:文化人類学と言語学の中間にある領域の人たちが、世界の言語を発掘する中で、世界中にオノマトペがあることを発見しました。そして、なぜ世界中に同様にオノマトペということばがあるのか、意味を考え始めたのがきっかけではないかと思います。

秋田:2001年にラマチャンドランとハバードという著名な神経科学者たちが論文を出しました。彼らは、「ブーバ」という名前は曲線的な図形に、「キキ」という名前は尖った図形に合っていると感じる人が多く、この感覚が言語の進化と関わっているのではないか、と指摘します。いわゆる「アイコン性」の例ですが、これが脚光を浴びたのが、同じくアイコン的な性質を持つオノマトペが注目されるようになったもう一つの理由でしょう。

 伝統的な言語学では、記号の形式と意味は基本的に恣意的だと考えられていました。例えば、猫を「neko」という音で言い表すのはまったくの偶然であって、別に「neko」でなくても何でもいい。ところが、昨今ではその考えが疑われ、注目されたのが言語の身体性やアイコン性です。その両方をあわせもつのが、オノマトペです。実際、オノマトペには世界中の言語に共通性が見られて、その発音自体に意味があり、知らない言語でもなんとなくなら意味がわかる。例えばナイジェリアのイボ語では、クリアファイルのような滑らかな手触りを「ムルムル」と言うのですが、確かに粗いというよりは滑らかですよね。また、オノマトペ以外でも、その地域で主食とされる食べ物は「パ」や「マ」から始まるものが多くて、日本語の赤ちゃん言葉である「まんま」とも通じます。オノマトペは音自体に意味があって、それが赤ちゃんでもわかるとなると、そこから記号接地して、アブダクション推論によって言語の体系を作り上げるのではないか、という仮説が描けるわけです。

――対するAIはオノマトペを作り出せるのでしょうか。

今井:ある程度は可能でしょうが、身体に根差したものができるかどうかは、疑問ですね。「ゆる言語学ラジオ」の「JAPAN AKACHAN'S MISTAKE AWARDS」で、3歳児がショベルカーを指して「ばよっばよっばよっ」というオノマトペを作り出しました。非常に印象深いオノマトペです。ショベルカーのような大きくて破壊力があるものに対して「ば」を使ったり、小さい「っ」で勢いや動きを出すというパターンが、すでに3歳児の中に蓄積されている。オノマトペの音と意味の結びつきを抽象化し、無意識に推論して、スッと出せるのが子どもの凄いところです。

秋田:AIにもオノマトペを作成できるはずですが、その場限りで突発的に創り出されるオノマトペや、理解するのに主観的な触覚経験を必要とする「ぷにゅっ」みたいなものまで作れるかどうかがポイントですね。いつかできるようになるとしても、質的にも量的にも相当豊かなデータを集めなければいけないのではないかと思います。

今井:「ぷにゅっ」も触ってみてわかる感覚ですよね。物質に触れないAIが、「ぷにゅっ」みたいな言葉を、記号と記号の関係性だけで作り出せるでしょうか。あと、オノマトペは感情に強く結びついているため、書き言葉よりも口語で出やすい特徴があります。したがって、ビジュアルと結びついても、感情と結びつけられなければ記号接地できません。どこまで人間の感情をわかっているふりができるか、それをやっているのが現時点のAIではないでしょうか。

「ぱおん」と「ぴえん」から見る言語の進化

――オノマトペといえば、漫画には特にたくさん出てきます。日本の漫画の表現の豊かさを作っているのは、オノマトペもその要因と考えることはできませんか。

秋田:漫画は、オノマトペがあることで五感で味わうことが可能になります。「ぷにゅっ」という擬態語が書いてあれば、日本語話者なら具体的な触感が呼び起こされます。しかし、日本の漫画が海外で出版される際、「ぷにゅっ」に相当するオノマトペがないので、英訳せずにそのまま「PUNYU」と書いていたりします。「SOFT」や「GELATINOUS(ゼラチン状の)」のように訳すこともできますが、それだと「ぷにゅっ」という音の感覚が消えてしまうので、「訳さない」という決断になるのでしょうね。ちなみに、英語の漫画でも、「SWISH」など、擬音語ならたくさんあるので、そこら中に出てきます。

今井:実は日本の漫画を読みたくて、オノマトペを勉強している海外の若者もたくさんいるんですよ。

秋田:日本の漫画を読んでいると無数に出くわす、あの独特のオノマトペが気になるのでしょうね。それらが何を意味しているのかわからないということで興味を持ってくれるのかな。赤ちゃん言葉のように聞こえるのに、「ぷにゅっ」というたった数音で日本人が触感の詳細まで感じてしまうのを、不思議に思うのかもしれませんね。

――ゾウの鳴き声のオノマトペ「ぱおん」が、最近では新しい意味で使われていますよね。こうした言語の意味の変化について、先生方はどのように感じていますか。

今井:アイコン的であり、同時にそれが人間の想像力によって拡張されて恣意性を帯びていく過程を示す好例だと思います。「ぱおん」は以前からゾウの鳴き声のオノマトペとして存在しますが、昨今で特徴的なのは悲しさを表す「ぴえん」という言葉の発展形として「ぴえん超えてぱおん」などと使われている。「ぴえん超えてぱおん」は「泣く」という普通のオノマトペを洒落た表現にしていますし、「ぱおん」も「ぴえん」も音の特徴がマッチしています。母音が小ささを表す「い」から大きさを表す「あ」になって、コントラストが作られているのも、オノマトペの特徴が現れた見事な例です。

秋田:言語を面白くしたいという動機がよく表れていますよね。ゾウの鳴き声としてもともとあった「ぱおん」を人の泣き声に用いると、人を動物に見立てる形になるので、どこか可愛らしく滑稽なニュアンスが出ます。「きつねダンス」なんてのも流行りましたが、人を動物に喩えるというこのお馴染みのメタファーに、「ぱおん」のようなオノマトペが投入されることで、さらなる創造性と面白さが生まれるわけです。既存の言語に、時代ごとに新しい意味が付与されていく様子をリアルタイムで見るのも、言語学を学ぶ面白さであり醍醐味だと思います。

――ありがとうございました。最後に、先生方が好きなオノマトペを教えてください。

秋田:西アフリカのシウ語に「シニシニ」というオノマトペがあります。籠を綺麗に隙間なく編んだ状態を指すらしいのですが、日本語にありそうでない表現です。

今井:「ゆるゆる」ですかね。理由はゆっくりしたいから(笑)。まさに自分が今、求めているもの。

――忙しい今井先生は、まさにいま「ゆるゆる」したいと感じておられるわけですね。オノマトペが感情と結びついているとわかる、好例だと思います(笑)。ありがとうございました。

コズミックホリステック医療・現代靈氣

吾であり宇宙である☆和して同せず  競争でなく共生を☆

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