Facebook木村 正治さん投稿記事
京都の大文字山の「大」の文字焼きは間もなくのお盆に行われます。
京都の夜陰に炎が大の字に浮かぶ姿は壮観ですね。
この文字焼きを日本に、京都に導入したのは空海でした。
聖書は日本人の祖先がシナイ半島やエジプト、メソポタミア辺にまだいた頃の事が書いてあり
ますから、聖書は日本人の物語でもあり、故に日本は聖書の民でもあります。
いつしか西洋権力により聖書が改竄されていき白人の物語に書き換えられていますが当初の
聖書は古代ヘブライ語で記されておりヤゥマトの事が綴られています。
旧約聖書には古代イスラエル民族の指導者だったモーセがシナイ山を見上げると、そこに燃え続ける柴があったという記載があります。
出エジプト記の第3章2節にありますが、その柴は燃え尽きているのに火が消えていないとあります。
それは永遠の命の象徴だとしてモーセに見せられたとあります。
モーセの墓が能登半島の宝達山にある事は日本の深さを意味します。
京都の大文字山焼きが行われるようになる遥か昔から群馬県多胡の地に山焼きの風習があり、こちらのほうが元祖ですが、空海はこの多胡の地を訪れて山焼きの風習に触れて京都に山焼きを導入しました。
この多胡の地は秦氏の拠点です。山焼きの風習は秦氏が行っていたものとも言えます。
羽田孜総理大臣はこの地を本貫とした秦氏の末裔です。この秦氏も古代の日本に大きく影響しています。波多とか羽田、畑という名字の方々はその末裔です。
いにしへの時代に日本に大移動してきた秦氏の故郷は中央アジアの天山山脈の北、そしてバルハシ湖の南に挟まれた地に存在した弓月というくにです。
この弓月の人々は古代キリスト教の風習のある人々でしたが時の中国皇帝に酷使され万里の長城の建設工事に駆り出されて苦しんでいました。
過酷な労役に耐えかねた弓月の人々は東へ東へと逃亡して満洲や朝鮮半島に逃げていきました。万里の長城は紀元前111年に建設が始まり紀元前100年に完成していますから、その頃の話になります。
しかしその地でも酷い扱いを受けていましたが、それを当時の日本の天皇が救いの手を差し伸べました。
こうして日本の天皇に助けられて日本に大移動をしてきたのが秦氏でした。
その時の一団の指導者は弓月の君とも言われます。
秦氏は土木技術や様々な知識に優れ日本の天皇にとっては大いに魅力でした。
また秦氏にとっては日本は安住の地になります。
実力者集団の秦氏は天皇に助けられたことに深く感謝し、自分達の文明力や技術を日本のために尽くすようになりました。
平城京を建築したのも秦氏の技術ですし京都の様々なインフラや建築、土木水利は秦氏が築き
ました。
その秦氏は群馬県多胡の地にも定住し、そこで永遠の命を願い死者を弔う山焼き、草焼きが
行われていて、そこを訪れた空海がこれを京都でも行うようになり大文字山の山焼きが行われるようになりました。
つまり大文字山焼きは秦氏の風習だったもので、それは旧約聖書にも記されている永遠の命を示す柴焼きから来ていると言えます。
秦氏は旧約聖書に記されていた人々の一族でいつしか中央アジアの弓月に定住していて古代
キリスト教の風習を持ち、やがて日本の天皇に助けられて日本に大移動してきたということです。
様々な日本の風習の中にいにしへの物語を垣間見ることができます。日本は深いです。
Facebook郷右近丸彦 さん投稿記事·《ほんたうの諏訪大社③》
神社の意味を理解するためにはその神社にはどんな神さまがいらっしゃるのか(祀られているのか)ということからはじめなくてはなりません。
どんな神さまがいらっしゃるのかによって神社が存在する目的も強さや効力なども変わってくるからです。
諏訪大社が祀っているのは ①建御名方神 (タケミナカタノカミ) ② 八坂刀売神(ヤサカトメノカミ)と公式発表されています。
②はタケミナカタの奥さんです。ということはまず基本的な情報としてタケミナカタという神さまがどんな神さまであるのか?ということを正確に理解する必要があります。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
タケミナカタという神さまは私が推薦する日本の主要神55柱のうちに入る重要な神さまです。
ちなみに神さまを数える場合一人と数えず一柱と数えますがなぜそうなるのか?はたいへん重要な意味があります。
それについては天地彌榮塾の講義で詳しく教えます。
タケミナカタという神さまが一般の人に知られるのは「古事記」に登場するからです。
「國譲り」のシーンで登場したいへん印象的な描写で伝えられます。
その大まかなあらすじをポイントのみ伝えると
◎地上界が騒がしく いっこうに平定されないので 業を煮やした天上界の神は 政権を交代する判断を決定した。
◎その時地上界を納めていた神さまは スサノオから代替わりした オオクニヌシだった
◎最後に天界から降臨した使者は タケミカヅチという最強の武神だった
◎タケミカヅチの伝令に応え オオクニヌシは私の一存では決められないので 二人の息子の意見を聞きたいと返答した
◎長男のコトシロヌシは アマテラスさまのご指示であれば従いますと承諾の返答をする
◎次男のタケミナカタは、 いきなりそんなことを 言われても承諾できないと 指示に対して不服を表す
◎そこでどちらの意見を通すか タケミカヅチとタケミナカタが力比べをする
*これが相撲の起源となる
◎タケミカヅチの武力が 圧倒的に強く タケミナカタは殺されかける
◎タケミナカタは命ごいをして 諏訪湖に沈み それ以来出てこなくなったというのがあらかたのストーリーです。
知っている人も多いでしょうし全く知らなかったという人もいるでしょう。
でもこのストーリーは日本の神話を理解する上では最重要なポイントの一つなのでぜひ、
ほんたうのことを理解するようにしていただきたいです。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
問題はここからです。はっきり言いましょう。
このストーリーは事実とは違うねつ造された物語なのです。あっ、言っちゃった(笑)
どこがどう違うか?というと最大のポイントはタケミナカタという神さまはそんなに弱い神さまではないということにつきます。
証拠は
①日本書紀にはこの物語の 部分はすっかり抜け落ちている。タケミナカタが負けたという
記述はない。
*日本の神話を正確に理解するには古事記の伝承だけを鵜呑みにすると事実と違った情報を信じることになる
②日本全国に諏訪大社系の神社は10,000社を超えるほどある 勢力のある神社である
*タケミナカタが弱い神さまであるならばそんなに多くの系列神社があるのは辻褄が合わない
*長野県にある諏訪大社が全国の諏訪神社の総本山です。
等です。
本日も長らくお付き合いいただいてありがとうございました。今日も一日あなたとあなたの大切な人が「ほんたうの幸ひ」でありますように!
Facebook郷右近丸彦さん投稿記事 《ほんたうの諏訪大社⑤》
諏訪大社には「神長官(じんちょうかん)」という存在がおります。神道における職種ですが
たいへん特別な位の地位を表す職業です。
神社に正式に務める人を総じて「神主」とか「神職」と呼びますがその中には権限と地位を
表す「職階」があります。神社一件に対して一人だけ「宮司」という職階の人がいます。
伊勢神宮だけは例外で複数の宮司とさらに上の「大宮司」がおります。
普通は「宮司」の下に「禰宜(ねぎ)」(または権宮司)「権禰宜(ごんねぎ)」さらに下には役職の付かない人が続きます。
「禰宜」「権禰宜」は神社の規模によって人数が異なり「禰宜」が3人もいるような神社もあります。「神長官」はその階級とはまた異なる特殊な権限を持った仕事をする人なのです。
いわゆるシャーマンであり神さまと直接交信してお告げを聞く役目を持つ人です。
しかも一子相伝で千年以上も脈々と古代からその血を保っている人がいるのです。
ここまで厳密に神さまに使え自分を律し神事をやり続けることをしている特別な血筋の人。
それは「天皇」と「神長官」しかいないと思います。
ただ「神長官」の場合は天皇陛下のように表に立って国民を統べる職業ではありませんから
ひっそりと目立たないように地味にしてらいらっしゃいます。
しかも「神長官」は日本全国でも諏訪にしか存在しておらずそれだけ諏訪という土地は
日本を代表する特別な場所である と推測できます。
つまり諏訪大社においては宮司よりもはるかに強い影響力を持った神官が神長官であるということです。
神長官を務めることができる家柄は「守矢(もりや)」家で日本全国に散らばる守屋、守谷、森屋、等の大元になると思われます。
ただし正式な守矢性を名乗ることができるのはごく限られた人たちのみ。
その中でも代々の秘密を握るのは本家一人、分家一人のみというスーパー純血種の家系なのです。
このようにたいへん素晴らしい存在が裏で力支えしているのが諏訪大社という特殊な神社なのです。私の知る限り近い存在としては出雲の千家家、北嶋家、九州の宗像家くらいでしょう。
「モリヤ」「モレヤ」というキーワードは諏訪ならび日本そのものの重大機密をはらんだ
「鍵」なのです。
もっと詳しい話は別な機会にお伝えしますね。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
今日もいよいよ普通には知ることのない「お蔵出し」のお話をしました。日本全国10万人以上いる神官ですら知らないであろう秘密情報です。
こんなことを無料公開をしてもいいのか?と、お叱りを受けるかもしれません(笑)
でもあえてこんな話までしています。なぜなら今年は「大転換」の年だからです。
今日も読んでいただいてありがとうございます。
感想コメントやもっと知りたい人はメッセージもお待ちしていますね。
今日も一日あなたとあなたの大切な人が「ほんたうの幸ひ」でありますように。
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