名言

facebook魂を揺さぶる言葉たち 投稿記事【 日野原重明の名言 】

つらいことでも、苦しいことでも、「体験」したことは、間違いなくその人の強みになります

(1)生きがいとは、自分を徹底的に大事にすることから始まる

(2)命はなぜ目に見えないか。それは命とは君たちが持っている時間だからなんだよ。
   死んでしまったら自分で使える時間もなくなってしまう。どうか一度しかない自分の
   時間、命をどのように使うかしっかり考えながら生きていってほしい。

   さらに言えば、その命を今度は自分以外の何かのために使うことを学んでほしい

(3)生かされている最後の瞬間まで、人は誰でも『人生の現役』なのですから

(4)私たちは運命を生きるのではなく、運命を作っていくのです

(5)幸福というものは、失われかけてはじめて気が付くものなのです

(6)少し肩の力を抜いて、「お上手、お上手」と自分に声をかけていきましょう

(7)人間は生き方を変えることができる。繰り返す毎日の行動を変えることにより、
   新しい習慣形成により、新しい習慣の選択を人間は決意できる。人間には選択の自由が
   ある。そして、意志と努力により、 新しい自己を形成することができる

(8)どんな困難に直面しても、「ここから始まるのだ」と とらえ直すことができれば、

   私たちはかならず前進できます

(9)誰しも幸福を望みますが、それを実感することにおいてはきわめて鈍感です

(10)ものすごく忙しい。健康のために睡眠をたっぷりとり、三食きちんと食べて、

   適度に運動するなんていうことは私には到底できない。絵に描いた餅です。

   本業の医療、病院経営の仕事のほかに、物書きをしたり、1日18時間ぐらい働いて
   います。それでも私は毎日が爽快なんです。

   老いて弱った体と、不規則で過密なスケジュールにうまく適応して精一杯生きる。

   それが私の生き方上手です 

(11)ビジネスのために人間があるのではなく、人間が人間らしく生きるためにビジネス
    がある

(12)人間とはそもそも「病む」生き物であり、必ず欠陥を抱えて生きています。 

    そのことを踏まえたうえで、今日という日を健やかに生きればいいのです

(13)鳥は飛び方を変えることは出来ない。動物は這い方、走り方を変えることは出来
    ない。しかし、人間は生き方を変えることが出来る。

(14)自分のためにでなく、人のために生きようとするとき、その人は、もはや孤独では
    ない。

(15)二十世紀の日本人は、自分の中にないものを先進諸国からとりいれようとして忙しく
    働きすぎた。そして、古来の日本人の内にあったよきもの、奉仕する心、人情、
    よき伝統を忘れてしまった。
 

(16)人間にとって最も大切なのは、命の長さだと思っている人は多い。 しかし、私が
    出会った人を振り返ってみて、その人の命が素晴らしい命だと思える人においては
    ごく少数の例外はあるにせよ、命の長さはあまり問題ではない。

(17)私たちに与えられた恵みを数えてみれば、どんな逆境にあったとしても、受けている
    ものの方が、与えるものよりも多いことに気付く。
受けた恵みを、どこかで返そうと
    考えたいものである。

(18)心の良い習慣というのは表情やしぐさにあらわれる。人の顔つきも習慣なのです。

(19)どんな困難に直面しても、「ここから始まるのだ」ととらえ直すことができれば、

    私たちはかならず前進できます。

(20)なんと言っても、人が人に与える最高のものは、心である。他者のための「思い」と
   「行動」に費やした時間、人とともにどれだけの時間を分けあったかによって、真の
   人間としての証がなされる。 

(21)地位や名誉は死ねばなくなる。 財産も残したところで争いの種をまくだけですが、

  『ありがとう』のひと言は、残される者の心をも救う、何よりの遺産です

(22)人を許せるか否か。それは人間に与えられた「試練」です

(23)最期に自分の生涯を顧みて、自らが生まれてこうなったことは意味があると考え
    られるように、今日を生きることである

(24)人生には無駄というものはないもの。しかし、後にならないと、その意味がわからな
   いということがたくさんあるのです。つらいことでも苦しいことでも、「体験」した

   ことは、間違いなくその人の強みになります

- 日野原重明 -

■ 105歳まで現役の医師として働く 

今回は、2017年7月18日に呼吸不全により亡くなられた日野原重明先生の名言をあつめさせていただきました。日野原先生は、105歳(1911年10月4日生まれ)まで現役の医師として医療の現場に立ち続けました

しかも、その多忙な合間を縫って執筆活動や講演まで行っていたので、さぞかし強靭な肉体をお持ちなのだろうと思っていました。しかし、実際にはそれほどでもなかったようです。長年の生活習慣によって、スーパーマンのように仕事に取り組むことができるようになったのだとか。

そのきっかけとなったのが、1970年に起こったよど号ハイジャック事件です。実は日野原先生はこの事件に遭遇します。このとき59歳、4日間も機内に拘束され、ハイジャック犯に殺されると死を覚悟したそうなんですが、無事解放されます。

■ 60歳を過ぎてから独自の健康法を実践!

この事件をきっかけに医師としての仕事を社会へ奉仕するつもりで取り組むようになったのだとか。当然今まで以上に忙しくなったわけですが、60歳を過ぎてから体調不良が続いたため、色々試行錯誤を繰り返しながら、以下のとおり独自の健康法を作り上げます。 

とにかく多忙を極めていたようなので、朝と昼の食事(おやつにみえますが)は2~3分で済ませていたようですが、これをカバーするために毎日りんごは欠かさず食べていたようです。1日1リンゴで医者いらずは、本当だったんですね

(1)エレベーターを使わずに階段を使う

(2)イスから立ち上がって座る運動を20回行う、

(3)早く歩いたり、遅く歩いたり、緩急をつけながら歩く 

(4)毎朝ジュースにオリーブオイルを入れて飲む

(5)昼食はクッキー2枚と牛乳1杯

(6)魚はほぼ毎日食べる

(7)週2~3回ステーキを食べる

(8)毎日リンゴを1個食べる

また、日野原先生は、毎日最低60g程度のタンパク質を摂れる食事を心掛けていたようです。タンパク質は、筋肉をつくるのに欠かすことができない栄養素なので、筋肉量が低下している高齢の患者さんにも積極的にタンパク質を摂るよう勧めていたようです。

■ 意外にもジャンクフードが好き!?

しかし、青年時代にアメリカに留学していたさいに、当時生活が困窮していたため、食事(昼食)はハンバーガーなどのファーストフードが中心だったことから、100歳を過ぎても時折無性に食べたくなったようです 

今年に入って病院に入院されてから親族の方に介護を受けていたようなんですが、病院食に飽きてしまい、「かりかりのベーコンエッグを食べさせてくれ」と注文していたようです。当然のことながら治療に差し支えるので拒絶されてしまったのだとか。


Facebook佐々木 淑文さんコメント記事

俳諧を登りて至るあの世かな .虚無

先生の軽き歩みはhike Step .虚無

いつまでも忘れぬ笑顔日の野原 .虚無


アドラーのことば ~Twitterより

健全な人は、相手を変えようとせず自分が変わる、不健全な人は、相手を操作し、変えようとする。 by アルフレッド・アドラー

敗北を避けるために、時に人は自ら病気になる。「病気でなければできたのに...」そう言い訳して安全地帯に逃げ込み、ラクをするのだ。 by アルフレッド・アドラー

人は過去に縛られているわけではない。あなたの描く未来があなたを規定しているのだ。過去の原因は「解説」にはなっても「解決」にはならないだろう。 by アルフレッド・アドラー

「親が悪いから」「パートナーが悪いから」「時代が悪いから」「こういう運命だから」責任転嫁の典型的な言い訳である。 by アルフレッド・アドラー

たとえ不治の病の床にあっても、天を恨み泣き暮らすか、周囲に感謝し余生を充実させるか、それは自分で決めることができる。 by アルフレッド・アドラー

人生が困難なのではない。あなたが人生を困難にしているのだ。人生は、きわめてシンプルである。 by アルフレッド・アドラー

問題はなにが与えられたかではなく、与えられたものをどう使うかだ by アルフレッド・アドラー

すべての行動には目的がある by アルフレッド・アドラー

人間は人生を描く画家である。あなたを作ったのはあなた。これからの人生を決めるのものあなた。 by アルフレッド・アドラー

コズミックホリステック医療・現代靈氣

吾であり宇宙である☆和して同せず  競争でなく共生を☆

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