https://www.nhk.or.jp/heart-net/article/482/?fbclid=IwAR2j-sjU2_okPqZlkmdWrk64xNz6OSWQeMtDRP5eltv3Esqv4os0_Rxt_0I 【自分を傷つけたい、という気持ち】より
-よるドラ「ここは今から倫理です。(5)」から考える-
よるドラ「ここは今から倫理です。」は、雨瀬シオリさんのコミックを実写化し、主演・山田裕貴さんが演じる教師・高柳が「倫理」を通して高校生たちの価値観や生き方と向き合います。第5回で描かれるのは、自傷行為をやめられない生徒・高崎由梨(吉柳咲良)。母親による過干渉、家庭でのもやもやが募り、ある日の倫理の授業中、リストカットをしようとする由梨に、保健室登校のクラスメート・都幾川幸人(板垣李光人)が気づき・・・。
自傷行為とはどのようなものなのか。自分自身を傷つけたい、という気持ちを抱える人に、知ってほしいこと。そして、周囲の人にできることとは。精神科医・松本俊彦さんに伺いました。
切っているのは「皮膚」だけではなく 「つらい記憶」を切り離すため
松本俊彦さん 精神科医/国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所
――ドラマをご覧になる人の中には、自傷行為の経験がある人、あるいは、友達や家族の自傷行為を気がかりに思っている人もいるかもしれません。そもそも、自傷行為とはどんな背景で起きるものなのでしょうか。
松本さん:自傷行為って一口に言ってもいろんな種類があるんですけれども、決して気を引こうと思ってやっているとか「かまってちゃん」みたいなことでやっている行為ではありません。自傷行為の定義は「自殺以外の意図から、このぐらいだったら死なないよねという非致死性の予測を付けて自分の身体をわざと傷つける行動」とされています。
では「自殺以外の意図」ってどんな意図なのかというと、いちばん多いのは「自分じゃ対処できないつらい感情」ですね。自分を圧倒するようなつらい感情、怒りとか不安感、恐怖感、そうした感情に名前を与えることができなくて、「とにかく強い感情」というふうに言う子もいます。そういった強烈な不快な感情に対処するためにやっているのが、自傷行為です。
つらい気持ちになったとき、教科書的にいちばん正しいのは、誰かに相談したり助けを求めることなんだけど、それができない人もいます。何で相談しないのかな?って考えてみると、背景には「相談しても意味がない」とか、「私にはそこまでの価値がないから、忙しい大人の手を煩わせるのは申し訳ない」。こういうふうな気持ちで、自分1人でそっと解決していると。
自傷する子たちってあまり「むかつく」とか、「頭にきた」「傷ついた」とかって言わないんですよね。感情にふたをしてきちゃったから、自分の意識の中で「感情語」―感情を表す語彙がどんどん少なくなっていく。
自傷のきっかけになる感情でいちばん多いのは「怒り」なんですけど、その子たちは「怒りは悪い感情」「あってはならない感情」「私は怒ってはいけない」、そういうふうに思っているんですよね。親が怒って嫌みを言ったりすると、すごくむかつくんだけど、「いやいや、むかつく自分がおかしいんだ。」「私は悪い子だからやっぱり怒られなきゃいけないんだ」といって、自分のむかつきにふたをしちゃっている。
実はリストカットする人たちが切っているのは、皮膚だけじゃないんですよ。皮膚を切るのと一緒に、意識の中でつらい出来事の記憶や、つらい感情の記憶を切り離して、なかったことにして、ふたをしているんです。今はその出来事や感情を思い浮かべたり意識したりすることがつらい、感じること自体がつらいから、「ふたをしておく」ための行為なんですね。
自分を傷つけてしまったとき できること
「傷に『おつかれさん』っていう労いの気持ちを」(松本さん)
――つらい記憶に「ふたをする」ための行為。だからこそ、今すぐにはやめられない人もいるのでは、と思います。新しく傷つけてしまったときのための、セルフケアの方法はありますか?
松本さん:傷の部分を清潔にすることと、そっと上からガーゼで保護しておくっていうことはしてほしいなっていうふうに思います。切った刃物が不潔なものだったりすると良くないし、ちょっと深くなっちゃった場合にはどうしても、治った後に傷が盛り上がって、軽いケロイドみたいな感じになってしまうので、そうした場合は、医療機関に行って縫合してもらったり、外科用テープで傷を寄せるなりをしたほうがいいと思います。
「傷をケアするのは嫌だ」って思う人も結構多いんだけれど、切ってしまったときにはせめて、傷には丁寧に、やさしく接してあげようっていうふうなことは心がけてほしいなと思います。自分でケアする義務も一定程度あって。だって、つらい気持ちを抑えるのに助けてくれたわけですよね、その傷は。「お疲れさん」っていう労いの気持ちも込めて、ぜひ傷をケアしてほしい。もちろんやめられれば、それに越したことはないけど、またお世話になるかもしれない皮膚ですよね。そういう意味では、やさしくケアをしてほしいと思いますね。
――傷の手当ての後、少しだけやってみてほしい心の手当の方法はありますか?
松本さん:別に切っちゃったからといって、負けでも失敗でも何でもないと思うんですよ。切りながらも、だんだんと自傷を手放していくプロセスになればいいと思うんです。ただ、むだに切らないようにするためには、「おさらい」をする必要がある。自傷する前は感情が圧倒的すぎて、何に腹が立っているかさっぱり分からなかったと思うんだけど、切った後は少し気持ちが静まって、自分は何に傷ついたのか、何に怒りを覚えたのかっていうことを、誰にも見せない秘密のノートに、少し振り返りをしてほしいんですよね。「今回こういうことでむかついたんだ」とかね。
場合によっては、何か気づくことがあるかもしれない。いつもだったら、それくらいだったら切らずに済む場合もあったかもしれないんだけど、なんで今回切るっていう選択肢を選んだか?といったら、たまたま家族がいなくて家の中で1人きりだった、とかね。夜中で家族が寝静まってた、とか。
夏だったら半袖を着るから傷が見られたくないなと我慢できたんだけど、冬だとどうしても、どうせ見えないからいいや、とハードルが下がってしまった、とか。
是非そういう分析をしてほしいというか、自分研究をしてほしいですね。誰にも見せない秘密の自傷日記みたいなものを書かれるといいと思うんですよね。自分でもどうにも止まらないというのは、必ず止まらないのにはわけがあるし、自傷せざるをえない状況はあると思うんです。
自傷する前というのは、つらい気持ちに圧倒されちゃって、とても書けないんだけど、後だと少しだけ気持ちが静まっているから、分かることもあるんじゃないかな。それを記録に残しておいて、ある時ちょっとまとめて見返してみたりすると、自分が何につらいのかっていうことを知るヒントになるかもしれない。
周りの人に 覚えておいてほしいこと
「貴方の身体は貴方だけのものじゃないの」―。母親の言葉が由梨を追い詰める。
――ドラマ「ここは今から倫理です。」第5話の冒頭のシーンでは、由梨のリストカットの跡を見た母親のこんなセリフがあります。「貴方の身体は貴方だけのものじゃないの」「神様の宝物を傷つけてすみませんって謝りなさい」。この言葉に由梨は苦しみを募らせていきますが、こうした対応を松本さんはどうご覧になりますか?
松本:これ、うっかりするとよく親がやってしまいそうな発言だと思うんですけど、そこはやっぱり当事者からすると違うんだろうなと思うんです。
そもそも「自分の身体を大事にしなさい」って言っても「私、大事にされてきたっけ?」っていうのがまずあるわけですよね。大事にしてくれない人から「大事にしなさい」って言われるのはどうなんだろう。親からすれば大事にしているつもりでも、本人からすると、自分の意向とか自分の気持ちをちゃんと尊重してもらえていないっていう感覚があるんじゃないかなと思うんです。
例えば、親の過剰な期待とか、さまざまな価値観を押しつけられる中で、自分の思いどおりにならない日々を送っていて、勉強にしても日々の生活にしても何一つ自分の思うようには生きられなくて、誰かに合わせて無理やり適応している。過剰適応している中で、唯一自分が自由にできるものって、自分の身体ぐらいしかないんですよね。「そこも取り上げるの?それさえも、あなただけのものじゃない、私のものじゃないってことを言うの?」って。今までいろんなことで日々怒りをずっとこらえてきた人たちからすると、起爆剤になってしまうんだろうなと思います。
自分で自分の身体を傷つけて、そこから生々しい血が出ているのって、見るとやっぱり周囲の人はぎょっとするんですよね。ぎょっとすると、だいたい人間の反応って単純で、3つぐらいしか反応がない。1個はびっくりして頭ごなしに怒っちゃう。もう1個は、すごくやさしく涙ながらに寄り添ってあげるっていうのもあるでしょう。そして最後には、なんて声をかけていいかわからずに戸惑っているうちに、声をかけるタイミングを逸してしまう。それって本人からすると、気づいたくせに見て見ぬふりをしたっていうふうに思われるんですね。
これらはどれも不自然で、すごく本人にはインパクトが強いんです。自傷は決してアピールのためにやってるものではないんだけど、周囲の反応を通じて、二次的にアピール的な自傷になっちゃう人は確かにいるんですよね。そのときに心がけてほしいのは、努めて冷静に、びっくりすることもせず、過度に寄り添う必要もない。「何かあったの?」と聞いてあげて、たぶんうまく答えられないと思うけれども、傷を粛々と手当してあげるということでいいのかなと思います。
――家族や友達、周囲の人に、心がけてほしいことはどんなことでしょうか。
松本さん:ご家族や友人で、どうもあの子は自傷しているみたいなんだけど、声をかけたほうがいいのか悪いのか?変なふうに声をかけると逆にそれがきっかけになって、それで注目を集めようとすることにならないか?自分の声かけがまずくてかえって傷つけてしまうんじゃないか?っていう危惧があるかもしれません。そのときには、「何かあったの?」「何かつらいことがあったの?」っていうふうにニュートラルに聞いてあげたらいいと思うんですよね。
自傷に気づいてもらうことによって、自傷を介して本当の困り事を相談できる関係性に入っていける可能性があるんですね。自傷は決して気を引こうとしてアピールのためにやっているわけではありません。そういう意味では、隠れてやっているんだけれども、でも、たまたま見たってことは、その人が何か困り事を抱えている可能性がある、というふうな目で関わってほしいと思っています。
それから、冒頭で「自傷は自殺とは異なる」というふうに言いました。多くの場合は、死のうと思ってやっているわけではないし、本人もそれで死ねるとは思っていません。しかしながら、自傷は長期的には将来の自殺と密接な関係があることが分かっています。
自傷経験のある方は、ない方に比べるとはるかに自殺によって亡くなるリスクが高いと言われています。死ぬために切るわけじゃないけれども、切っていないときにはいつも「消えたい」「いなくなりたい」という考えをいつも抱いているんですよね。むしろ切っている瞬間だけ、少しだけ、一瞬だけ死から遠ざかっている、というふうな言い方もできるんです。
何を言いたいかというと、周囲の人は、慌てる必要はないけれど、何か困り事を抱えているに違いないってことを理解してあげてほしいと思います。ただ「何に困ってるの?」とか「どうして切っちゃうの?」というふうに質問しても、うまく答えられないと思うんですよ。しつこく聞くと質問攻めになってしまうかもしれません。「暇だから」とか「何となく」というふうに答える方もいます。これがまた周囲の人をカーッとさせることもあるかもしれません。
でも「きっと何かあったんだろうな」という目で、「もし今度また切りたくなったら、間に合うようであれば、ひと声かけてね」とか、ご家族の場合は、そういうふうな形で関わっていただけるといいと思います。
友達の場合には、もしも気づいたら、「何か困ってることがあるんじゃない?」というふうに言って、例えば学校のスクールカウンセラーとか、保健室の養護の先生なんかに「一緒に行ってみようよ、少し話してみたらどう?」「緊張する?じゃあ途中まで一緒についていくからさ」っていうふうな格好で、信頼できるサポーターにつなげる「橋渡し」をやってほしいなと思います。
間違っても自傷を責めたりとか、あるいは自傷をネタにばかにしたりとか、笑いにしたりとか、気味悪がったりしないでほしいっていうふうに思います。自傷に関する相談を友達にしても抱えきれないこともありますが、友達にできることって何かあるかというと、いつもと同じように普通に接するってことはできると思うんですよね。一緒に趣味の話をしたり、ばか話をしたりっていうことはできる。それで救われるっていうことも十分にあるので。
――「もう切らないと約束して」というような、周囲の人が良かれと思って発した言葉に苦しんでいる当事者の方もいます。
松本さん:「もう切らないって約束してね」って言われると、だいたい自傷行為はそんなに急には止まらないんです。だって、つらいのを生き延びるのに役に立っているからこそ、習慣的になっていることが多いんです。1回以上自傷行為の経験がある方の6割は、10回以上やったことがあると言われています。だから、約束して一気に手放せるかっていうとそうじゃなくて、余計今がきつくなったり、しんどくなったりすることもあるんですよね。
約束しちゃった以上、もうその相手には、切りたくなっちゃったとか、切っちゃったってことを相談できなくなってしまいますよね。そうすると自傷の背後にある本当の現実的な困り事についても、永久に相談できなくなっちゃうんですよ。その相手には嘘をつき続けるか、その人から離れるしかなくなってしまう。大事なことは、「切りたい」とか「切っちゃった」「切るのがやめられない」っていうことを安心して話し合える場所があること。
せめてご家族の方は「もう切っちゃだめ、切らないって約束して」とか「指切りげんまん」とかっていうふうなことはしないでいただきたい。「もし切っちゃったら教えてね。切りたくなったときに間に合うようだったら言ってほしいし、切ったあとでもいいから教えてほしい」っていうふうにして、あなたが今つらいということを自分は止めることはできないけど、あなたが今何か問題を抱えているってことは見守っていきたいんだ、というふうな意向を示してくれるのが理想的かなと思います。
「傷つける」代わりの いろんな方法
――自傷行為をやめたいと思っても、急に「誰かに相談する」というのはむずかしい人もいるかもしれません。そんなとき、気持ちを和らげるさまざまな代替法があります。
以下は、松本さんが紹介されているものに加え、当事者の方々が教えてくださった、自分を傷つけたくなったとき、あるいは、死にたいほどつらい気持ちになったときに実践している方法を一覧にしています。
【気持ちを発散させたいとき】
・布団をかぶって大きな声で叫ぶ・クッションを殴る・一人カラオケ
・押し入れの中で好きな音楽(ポジティヴな曲)を聴きながら、思いきり泣く
【痛みを求めてしまうとき】
・冷たい氷をギューッと握りしめる
【血を見ると安心するという人は】
・赤いフェルトペンのマジックで腕を赤く塗る
【気持ちを落ち着けたいとき】
・マインドフルネス・深呼吸・日記帳にもやもやした気持ちを書き出す
・SNSの鍵垢に気持ちを書き出す・近くの公園や自動販売機まで散歩してみる
【身体を動かしてみる】
・筋トレ・マラソンに参加する・ランニング
【好きなことで気持ちを和らげる】
・料理を作る・楽器を演奏する・ペットを抱いてなでる・爆音で好きな音楽を聴く
・髪の毛を染めて気分を変える・夜明けまでひたすらクッキーを焼く
・カフェ・コンビニでお気に入りの甘いドリンクを買う
松本さん:私が昔診ていた患者さんは、自傷したくなったときに、自傷した自分の腕の絵を描いていました。気持ちを静めるためには相当気合入れて描かなきゃいけないみたいだから、細密画のように異様に写実的になったりして、結構インパクトの強い絵になったこともありましたね。
そういうのも試してみる価値はあると思うんです。1つに頼るとすぐに効かなくなります。だから、複数のローテーションが必要だったりするんですね。これも本当にその人の趣味とか、得意・不得意によって対処方法はずいぶん違っていて。
ぜひ試行錯誤してみて、試したあとに、これはよかった、これはだめだった、○△□とかで評価をするといいですね。
一番の自傷は「助けを求めないこと」
由梨と保健室登校の都幾川は、次第に信頼を築いていく。
松本さん:自傷したあとに、誰かに告白したり、傷の手当てをする人ってすごく少ないんです。100人中4人くらいしかしないと言われているんですよ。
相談したり傷の手当てをした子と、しなかった子と何が違うのかを比較すると、実は傷の重症度は全然変わりがない。つまり、重症だから傷の手当てをしたわけではないんです。手当てをしない子のほうがうつ状態が深刻だったり、人に対する不信感とか自己嫌悪の感情が強いことが分かっていて、誰にも相談しない、傷の手当てもしないということは、より深刻な問題を抱えている。
そのことから分かるのは、自傷行為って単に自分を傷つけることだけを言うのではなくて、傷つけた後に傷の手当てをしないこと。ケロイドみたいになってもいい、細菌が入って化膿しても構わないっていうふうなことも含めて「自傷行為」っていうんだろうなって思うし、同じ自傷をしたんだったら信頼できる人に告白したり、相談したり、助けを求めたりしたほうがいいと僕は思っているんです。
だから、自傷が悪いんじゃなくて、自傷だけで自分を支えようとすることが問題だと思うんですよね。SOSを求めないっていうことが問題だと思う。逆に言えば、自傷をきっかけに誰かに繋がることができたとするならば、それは全然最悪ではないような気もするんです。いちばん大事なことは「自傷だけで解決しない」ということ。そういう意味では、いちばんの自傷行為は、悩んだときに人に助けを求めないことなんだろうなっていうふうに思うんですよね。
――信用できる相談相手を探してみたいと思ったとき、見極める方法はありますか?
松本さん:まず、自傷したことを言った時に、頭ごなしに叱責したり、「もうしちゃだめ」っていうふうに約束をしたり、自傷の是非を巡って説教とかする人は避けたほうがいい。その人の近くにいると、余計切りたくなるだろうと思うので。
具体的なアドバイスはないけれど、ただ聞いてくれるっていう人は貴重だと思う。ただし、自傷をやめ始めの時期って本当に四六時中苦しいから、1人の人だけに頼っちゃうと、その相手も疲弊してしまう。だから、そういう人を複数探すように、数で勝負するようにしてほしいと思うんです。
中には、自傷の話はしないけれども、信頼できる人もいると思うんです。ただの世間話とか愚痴しか言わないんだけど、愚痴を言ったからといって説教したり、変なアドバイスをするわけじゃなく「そうなんだ、大変だね」って聞いてくれる。でも、なぜか自傷の話はしないし、もしかするとその人は、あなたが自傷してるってことを知らないかもしれないけど、それもサポーターの中に入れておくと、信頼できる人の数が増やせると思うんですよね。それでうまくローテーションを組んでいくってことを考えてほしいなと思います。
ただ、「助けを求めなさい」っていうふうに言うけれど、一方で「助けを求めて解決するのか?」という反論もあります。「助け求めるのって難しいよね」っていうことも必ず言い添えてあげることは大事だと思うし、時には「俺たち、助け求められないよね」っていうふうに愚痴りあうグループがあったっていいくらいだと思う。
自傷行為をする由梨の思い、クラスメート・都幾川や高柳たち教師との物語を描くよるドラ「ここは今から倫理です。」第5回は、20日(土)放送予定です。
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