あるがままを受け容れる

https://gospel-haiku.com/hl/spirit.html 【作句の心がけ】より

みのるの作句理念をまとめたものです。

何度も読み返して推敲する

もっとも簡単でかつ大切なのは、作った俳句は何度も読み返して推敲するということです。これは上達のために欠かせない基本中の基本なのです。

俳聖芭蕉は、"舌頭に千転せよ" と弟子達に教えました。

何度も読み返していると、ひとりよがりの表現になっていることに気づくこともあります。

冷静になって他人が読んでも理解できるかどうかをチェックするのです。作者には一句が生まれた情景が分かっていますが鑑賞する人は白紙の状態なのです。こうしてチェックすることを「推敲する」ともいいます。作りっぱなしというのでは本当の実力は身につきません。

何のために俳句を詠むのか…

自然の営みは神さまからのメッセージ、俳句はその応答…

四季の変化や自然の営みを観察していると天地万物の創造者であり、わたしたちを生かしてくださる全能の神さまがいらっしゃることを実感します。そして自然は、明日を思い煩うことなく摂理のままに生きその生涯を閉じるのです。

作ろうという意識を捨て心を無にして自然に対していると必ず自然のほうから語りかけてきます。この感動をことばに写すのが俳句なのです。知識や理屈で虚飾した俳句は自己満足の言葉遊びに終わりがちですが、自然が伝えようとしているメッセージや感動を写生する「ゴスペル俳句」は祈りであり賛美、つまり神さまからのメッセージに対する応答なのです。

理屈に縛られるのではなく真理を詠む

ある句会のあと先生を囲んであれこれと俳句談義に花が咲いた。そのとき誰かが今日の句会で先生が選ばれたうちの一句は無季の句だから没ではないのか…と発題して議論が沸騰した。その句に使われた季語はどの歳時記には載ってないというのである。そのとき先生は、

季語云々ではなく、一句の中に季節感があるか否かが大切

だと言われ、目から鱗の落ちる思いがしたことを今も忘れません。

俳句は作るのではなく授かるもの

知識がないから、経験が未熟だからいい俳句が作れない…

という声をよく耳にしますがそれは違います。神さまが生まれながらに備えてくださっているはずの感性、感じる心を忘れてしまっているから本物の俳句が作れないのです。

俳句は祈りによく似ています。美辞麗句を並び立て、聴く人の耳に心地よい祈りは決して本物ではありません。たとい表現や言葉は拙くても神を信頼した心からの祈りは他の人にも共感を与え必ず神さまに届きます。どうか祈り心をもって自然と対してみてください。自然のほうから語りかけてくるまで一時間でも二時間でもじっと我慢してみてください。必ず良い俳句が生まれます。正確に言えば、

俳句は自分で作るものではなく自然から(神さまから)授かるもの

なのです。

虚構の句は人の心に響かない

虚構やフィクションは正しい伝統俳句の世界では通用しません。俳句は事実の感動を言葉で写生するものです。ある程度俳句の学びを積んだ人なら、その作品が事実に基づいた写生か虚構であるかは簡単に見抜くことが出来ます。もし虚構の作品に感動する人がいるとしたら、その人が虚構を好むのであって、それは感性ではなくことばあそびと感動とを勘違いしているのだと思います。

俳句の作り方や鑑賞法については諸派諸説あり、どれが正しいと決め付けられるものではありません。ありもしない情景を言葉巧みに組み立て、その響きに自己陶酔する世界もあるでしょう。しかし十年後にその句を読み返したとき、はたして感動が蘇るでしょうか。もともと命の無いものが蘇ることは決してありません。

虚構ではなく事実の感動を詠む

ゴスペル俳句はこれをモットーにしています。なぜなら俳句は神さまに対する祈りであり賛美だからです。

理論や知識は上達のさまたげ

初学のうちに必要以上に俳誌や俳論を読むことは上達のさまたげです。また作句法についてあれこれ悩んだり、迷ったりすることも同様です。なぜならそれらは理屈に依らなければ解決しないからです。黙々とひたすら句を作ること。結局これが一番上達の近道です。必要な知識は折に触れて自然に覚えていくものです。

具体的な例をお話しましょう。

ゴルフの上達教本を山ほど読んだAさんと、何も読まずただ教えられるままに黙々と練習場でボールを打ったBさんとが一緒に初めてのコースにでました。

Aさんは学んだ知識を頼みに自信たっぷりにコースに出ましたが、結局あれこれ悩んでゴルフになりませんでした。一方、練習を積んだBさんはボールを打つ感覚を身体が覚えていたので山あり谷ありのコースでは平坦な練習場のようにはうまくボールを打つことはできませんでしたが、そこそこのスコアーでまとめることが出来たそうです。

その後、知識を重視したAさんも実践練習の必要性が身にしみたので懸命に練習に励みましたが、今までの知識が邪魔をしてさらにあれこれと悩み、思うように上達しませんでした。やがて後輩たちにも次々追い越されて惨めになり、結局挫折してゴルフを止めてしまいました。

これは実際にわたしの周囲であったことです。理論や知識の先行は上達のさまたげになるという一つの実例です。勿論、経験に基づいて身についた理論や知識は有用です。

作句態度の実際とことばの選び方

見たままを写生する

見たままを写生する。つまり客観写生といういうことですが、なかなかこれが出来ません。自然を観察しているとき、心を無にして、ひたすら感性(右脳)を研ぎ澄まして心に響いてくるまで待ちます。そして興味が湧いた動きや変化を捕らえてその情景をできるだけ具体的にことばに写すのです。心に響かないままで写生をしても、それは単なるスケッチ、俳句で言えば報告に過ぎません。

感動というのは、本来主観です。客観がよくて主観は駄目というように短絡的なことではなく主観は必要なのです。ただ、もろにそれが出てしまうといけないのです。

客観写生によって主観を包み込む

これが一番いいのです。その訓練のためにとりあえず理屈を言わないで客観写生を訓練するのです。

素直に感じる

博識な方の多くは自己主張が強く指導者の忠告を素直に受けいれようとしません。ところが、知識は乏しくとも指導者を全く信頼して素直に従える人は見る見る上達します。意外に思われるかも知れませんが紛れもない事実です。では素直に感じるにはどんな訓練をしたらよいでしょうか。

答えは簡単です。知識を捨てればよいのです。右脳と左脳の話はよく聞くと思います。あまり詳しくは知りませんが、左脳が知識・知性を司り、右脳は感性を司るそうです。左脳は知識を取り込むほどに発達するのでしょうが、右脳は放っておけば少しずつ退化するのかもしれませんね。感性を刺激する訓練を続ければ右脳も発達するはずです。

俳句は三歳の子供にでもわかるように作りなさい

と俳聖芭蕉は教えました。幼子に観念や知識はありません。ただあるのは好奇心と驚きの心(感動する心)です。左脳は全く働かさず、三歳児のころの自分にタイムスリップして自然に対してみてください。

具体的に直感を働かす

句を作るときに具体的に直感を働かす訓練をすることが大切です。幼い子供たちがどんなふうに感動するか観察してみて下さい。大人なら「きれいだね〜」というところを、幼子たちは、

" ○○みたいだね! "

と言うはずです。全く波の立たない静かな海を見て「何と静かな海だ!」と感じるのでは平凡です。子供たちならきっと、

" 鏡みたいだね! "

と言うでしょう。

また例えば、「見上げる」とか「見下ろす」と言わなくても、「空の…」「大地の…」という表現をすればより具体的に伝わるでしょう。 具体的に直感を働かすには、

知識、常識、概念を捨てて幼子のような気持ちで自然に対する

見える部分だけで感じるのではなく、時間をかけて自然と対話する

ということです。どうしても自分には出来ない。と、おっしゃる方を何人も知っていますが佳句を作ろうと構えた段階で、すでに感性をシャットアウトしてしまうことに気づいてないのです。理屈の句は決して人の心に響きません。もともと、直感に理屈が在する余地はないはずです。 知識を駆使し、ひねりにひねって作る俳句もジャンルとしては存在します。しかし、わたしはその分野に興味も価値も見出せません。

繰り返しますが、俳句は知識や理屈ではありません。また作るものでもひねるものでもありません。

本当に人の心に響く作品は、自然から(神さまから)授かるものなのです。

(2000年07月14日)

瞬間の驚きを写生する

拙作で恐縮ですが表題のことについて説明するのにちょうど適当な例があるので紹介しましょう。

原句:花筏早瀬の波に躍りゆく

花筏というのは桜の落花があたかも筏を組んだように集合して川などを流れていくものを言います。よく見かける情景ですから掲句の説明は不要ですね。この作品を小路紫峡先生は次のように添削してくださいました。

紫峡先生の添削:花筏早瀬の波にさしかかり

原句の情景は時間が流れてしまいます。俳句は瞬間の驚きを写生するのが大切なのです。添削句では「いままさに…」という躍動感が感じられるでしょう。そしてやがて躍り去って行く情景も句の余韻の中で十分連想できます。この違いわかりますよね。

この句を紫峡先生の先生であった、今は亡き阿波野青畝先生の選に提出しました。青畝先生はさらに次のように添削されたのです。

青畝先生の添削:花筏今や早瀬にさしかかり

そうです。早瀬といえば当然、波は連想できますから省略できます。「今や」という言葉でより鮮明に瞬間写生になりました。

俳句は斯く詠み斯く推敲(添削)する…と言う見本として実にわかりやすい例だと思ったので書いてみました。

瞬間の驚きを写生する

出来るだけ言葉を省略する

よく省略の効いた句は切れ味が鋭く力強いです。でも、そんなことを考えながら作れるものではありませんね。 吟行で作るときはとにかく無心で作句し、後で推敲すればよいのです。

(2000年6月19日)

平明なことばを使う

俳句は難しいことばや漢字、熟語などを使うものだと思い込んでいる人が多いですがこれは間違いです。 出来るだけ平明なことばを使うように心がける。これが人の心に感動を与える重要なポイントです。

俳句は鑑賞する人の心に直接的に響くもので難解なことばや回りくどい表現の句を見て頭でいろいろ考えた末にようやくその意味を合点し、そしてやおら感動するというような人がいるでしょうか。でもそうゆう表現をしないと俳句らしくないと勘違いしている人は意外と多いのです。 よく「俳句をひねる」という言い方をする人がいますね。これは単なることばあそびの世界だと思います。

さらに俳句は目で読むだけでなく耳で聞く文芸でもあるので、声を出して読んだときの響きも大切にしなければいけません。文字を示されると「なるほど」とわかるような言葉でも耳で聞くだけでは「なんのこと?」と思うことは多いですよね。ほんとうに響きのよい言葉。それは「平明なことば」です。

(2000年6月28日)

難しい漢字にルビは必要か・・・

「八ケ岳」とかいて「やつ」と読ませたり普通の音訓では読めない熟語を使ったりする場合、必要に応じてルビをふることは 別段咎められる行為ではありません。句にルビをふることは、あまり多用すべきではないという意見もあります。 これは、その句会に出席するメンバーのレベルにも関係するので難しい問題です。 でも、初心者が中心の句会ではそうした配慮もかえって親切かもしれませんね。

俳句用語的な漢字や独特の読み方もたくさんありますが学びを続けている間に自然に覚えますからあまり神経質にならないほうがいいです。 ただ、ルビがないから読めないとあきらめるのではなく読めない漢字に出くわしたら辞書で調べるということもまた大切な勉強ですし、 読み方について質問することも恥ずかしいことではありません。ただ、許されるからといっても、とても読めそうにない漢字をあててルビをふり、無理やり読ませるというのはやめた方がいいでしょう。

(2000年10月25日)

切れ字の意味

切れ字について詳しく解説すると、小冊子になってしまうので要点だけ。 俳句に大切なのは「切れ字」というより「切る精神」です。

あめつちの静かなる日も蟻急ぐ 三橋鷹女

A:あめつちの静かなる日

B:蟻急ぐ

この句は「切れ字」はありませんがAとBで切れています。A部を首部といい、B部を飛躍切部といいます。AとBの距離が離れているほど面白い俳句ということになります。勿論、離れすぎると訳が分からなくなります…

古池や蛙飛こむ水のをと

むめがかにのっと日の出る山路かな

いずれも芭蕉の句ですが、前句は句中に切れ字がある場合、後者は句末に切れ字がある場合です。

当然のことながら一句の中に切れ字は一つです。

(2000年8月9日)

なぜ切れ字を二つ使ってはいけないのか…

切れ字は文章で言うと段落みたいなもので句の流れを切ってしまいます。効果的に使えば余韻のある表現が出来ますが使い方を誤ると句の響きや流れを駄目にしてしまいます。ですから、セオリーとして切れ字は一句にひとつと言うのが定説です。

初心の間は素直に従ったほうがいいでしょう。

降る雪や明治は遠くなりにけり

誰もが知っている有名な中村草田男の句は、「や」と「けり」の二つの切れ字を使っていますが、これは例外とすべきです。

(2000年8月9日)

季語について

季語に対する間違った知識や理解が上達を妨げることになります。また、「新しさ」という名目で自分勝手な解釈を展開する人もいます。新しさを求めることは決して悪いことではないけれど私たちは「温故知新」の心を忘れてはいけないと思います。

なぜ一句に季語が複数あってはいけないのか・・・

一句に季語が一つというのは絶対のルールではありません。そういう意味では五・七・五の調子も絶対というわけではなく破調の名句というのもあるわけです。こうした制約が性分に合わないというなら、自由律俳句というジャンルもあります。しかし本物の俳句作りを目指そうと勉強するのなら、まずしっかりと基本を身に付けることが大切でいきなりこうした応用テクニックに興味を持つのは上達のさまたげです。

一句の中で季語の果たす役割はとても重要で季語が複数あると俳句で最も大切とされる季節感があいまいになってしまいます。 また、季語は句の要ですから、季語が二つあると焦点が二つあるのと同じで力の無い呆けた句になって切れ味を失います。

初学の間は季重なりの句は絶対に作らないという気構えで訓練してください。添削指導でも、これを徹底しています。これが上達への近道なのです。

(2000年10月16日)

季語のもつ本質を感覚として記憶する

俳句の約束で「彼岸」は春の季語とします。秋の彼岸は「後の彼岸」「秋彼岸」という表現で区別します。彼岸花は当然秋の季語です。この種の季語は扱いにくいですね。単に「紫式部」と書けば「紫式部の実」を意味し秋の季語となります。「式部の実」という表現も許されると思いますが素直に「みむらさき」というほうが一般的です。

このように単に季語といっても、長い歴史によって培われてきたそれぞれの季語のもつ味、本質というのが、俳句を作る上での暗黙の約束になっているのです。こうした季語の深みについては、時間をかけていろんな句と出会い経験を重ねないと覚えられません。 歳時記を丸暗記したからといっても実作で役立てることはできません。

知識(左脳)として覚えるのではなく感覚(右脳)として記憶する必要があるからです。

(2000年10月2日)

当季でない季語を使ってもいいのか・・・

必ず当季(今の季節)を詠まなければならないという規則はありません。実際に見た情景によって秋に夏の句が生まれることもあります。 俳句は報告書ではなく文芸ですから良い作品にするために「上手に嘘をつく」ことはテクニックとして存在します。 これは実景を見ないで空想だけで作る虚構の句とは根本的に違います。

要するに、眼前の情景に「秋らしさ」を感じるか「夏らしさを」を感じるかの感性が重要で、その点は伝統俳句でも自由です。今が秋だから、夏だからと考えて拘束されるほうがむしろ固定概念になると思います。 伝統俳句では季語がいのちだといいました。季語の持つ「味」があるからこそ、わずか十七文字で深い深い余韻を生み出せるのです。 その句を生かすためにどの季語が最適かを考えればよく、必ずしも今の季節にこだわることはありません。

(2000年9月16日)

時代や地域による季節感のずれ

同じ国内でも北海道と沖縄では季節感覚というものがまるで違います。また、地球的にも環境の変化で実際の月日と季節感に異変が生じているのは事実です。しかし、季語の持つ本質的な味わいを無視して時代が変わったのだからと決め付けて勝手な解釈で句を作ったり鑑賞したりしてはいけません。時代や環境が変わり、地域が変わっても、季語が固有している季節感というものは不変なのです。ですから北海道では夏に春の花が咲くことも当然ですが、それはあくまで春の風情として感じて句を詠むのが正しい姿勢なのです。

とても残念なことですが、時代や生活習慣の変化と共に衰退していく季語(死語)があることは否めませんね。

(2000年8月31日)

季語が動くとは・・・

他の季語に置き換えても意味が通じてしまうことを「季語が動く」と言います。例えば、

原句:樹に潜み猫の子じっと我を見る

という句を例にして見ましょう。

樹に潜む野良猫じっと我を見る

樹に潜む野良犬じっと我を見る

樹にひそむ恋猫じっと我を見る

どうでしょう。どれも意味は通じますね。そして残念ながらいずれも報告です。樹に潜んでじっと見ていると言うのは子猫の習性とか特徴と言うものを捉えていません。作者が見たのは事実だったかも知れませんが、多分、他の人の共感を得るのは難しいと思います。恋猫は春の季語ですが野良猫や猫は季語ではありません。季語でないと言うと誤解があるので季節感がない…と言うべきかも知れません。

何度も出てくる説明ですが、俳句は季語がいのちです。この表現にはこの季語以外にないといえる位にどんぴしゃ不動の季語を選ぶ必要があるのです。俳句は頭で作るものではありませんが作った作品を冷静に推敲することは必要です。季語が動かないかどうか、もっと適切な季語がないかどうかなど、少し上達すれば自分で推敲しなければいけません。作りっぱなしで添削に頼るだけでは成長はありません。

一句ずつ作るのではなく同じ情景をよく観察して角度を変えて何句か作ってみましょう。

写真家は同じ被写体に対して角度を変えて何枚も撮りますね。そのたくさんの写真の中から一枚を作品として発表するはずです。どんなにベテランでも一発秘中で佳句を生むことは難しいのです。

(2000年7月4日)

季語が憑きすぎるとは…

季語が憑き過ぎるというのは一言で説明しにくいですが採用した季語が一句の構成の中であまりにもお膳立てが整いすぎている場合をいいます。虚構の俳句や観念的に作ると、得てして季語が憑きすぎになります。作った本人は自分の句に酔ってしまっているので判らないのですが他人が鑑賞するとすぐ判ります。高度なテクニックになるのですが、

"出来るだけ季語を離す"

ことが佳句の条件です。離れすぎて「季語が動く」のは勿論よくないのですが「つかずはなれず」のぎりぎりが最も良いわけです。 実際に句を作っているときにそんな事を考えている余裕はありませんから作った後で作品を推考するときに、

季語が動かないか

憑きすぎていないか

もっと適切な季語はないか

などをチェックするのですが初心のあいだはその基準が身についていないので添削でお手伝いしているわけです。 拙作で恐縮ですが次の作品を鑑賞してみてください。

温泉を引けるパイプなるべし草紅葉 みのる

温泉は「ゆ」と読みます。草紅葉の説明は一切していません。しかし一句全体で見た場合「草紅葉」という季語はとてもよく効いているのです。おわかり頂けるでしょうか? 初心のうちはまず季語を覚えることが必須です。 しかし次なるステップではその季語のもつ本質を研究して的確に用いることが上達のキーポイントなのです。

(2000年7月7日)

客観と主観について

客観と主観は表裏の関係

俳句では主観と客観の違いについてよく論じられます。高浜虚子先生は弟子たちを指導するのに客観写生を強く提唱されました。わたしも初心のうちは徹底して客観写生を勉強するように導かれました。しかし感動は心です。心の昂ぶりを伝えるのに主観が無ければ語れない。そこでどうしても客観写生に物足らなくなって異論や疑義が生じてきます。

わたしの教えていただいた阿波野青畝先生は主観の作者で知られますがその作風の根底は客観写生です。

主観と客観は物心一如である。

と、先生は手をさし出しておっしゃいました。

『この手が主観であり客観なのだ。しかも客観は手の甲、主観は手のひら、この手を握りしめれば手のひらは内側に隠れて主観は見えなくなる。主観と客観は便宜上分けていっているのであって、別々のものではない。それを別々にしたら死んでしまう。実際に句を作るときは、主観を忘れて客観を良く働かせることが一番大事です。ともすると主観があらわに出て邪魔をします。』

ちょっと難しいですが、とても含蓄のあるお話なので書いてみました。

(2000年6月3日)

客観写生の実際例

客観写生とは「見たままを出来るだけ具体的に表現すること」と説明するとそれでは報告の句になるのでは?と迷いが生じる。 確かに客観写生と報告とは紙一重です。初心の方々に、この極意をどう説明すれば理解して貰えるのだろうかと日毎悩んでいました。過日、淡路島の著名な俳人「大星たかし」さんから贈呈の小句集が届き、その中のいくつかの作品をみて「これだ!」と思いました。たかしさんの作品を示せば、愚かな解説を重ねるより一読瞭然?と確信したのです。

原句:浜の家でて踊子の急ぎけり

これは四国阿波踊り吟行での作品で海浜での踊りに加わろうと急ぐ踊子の姿を写生したものである。このままでも客観写生の句として十分と思われるが阿波野青畝先生は次のように添削された。

添削:浜の家でて踊子の走りけり

「急ぎけり」は主観、「走りけり」は客観である。両者の躍動感の違いをよく味わって欲しい。もう一句。

原句:ストーブに干物を焼きて教師酌む

たさしさんは中学校の教師でした。今ならPTAがうるさいですが、放課後、生徒たちが帰ってしまったあと、漁師町の生徒からの差し入れの干しスルメをストーブの上で焼き、ささやかな酒を酌みながらあれこれと教育論を戦わせる教師像が浮かびます。推敲に推敲を重ねた末、たかしさんが最終的に句集に載せた作品は次のようになっていました。

推敲句:ストーブに干物を反らせ教師酌む

「焼きて」は説明ですが「反らせ」は客観写生です。ストーブの上で焼かれている干物の変化が目に浮かぶようですね。

(2000年8月9日)

添削について

なぜ添削をうけるのか…

添削指導の目的について書いてみました。まず俳句が生まれるプロセスを考えてみましょう。

まず始めに作者の感動、驚きが必須 ---(1)

つぎに、感動した事象や情景を文字で写生する ---(2)

時間をおいてからもう一度作品を見直し推敲する ---(3)

ということになりますね。

このうち添削でお手伝いできるのは、(2)と(3)です。間違っても、(1)のお手伝いをすることはありません。

ですから感動の伝わってこない (1) の作品は添削できないのです。(2)と(3) は経験を積むほどに上達していきます。

添削された作品はその表現方法の指針を示しているのであって絶対的なものではありません。指導者が違えば添削の内容や方法も異なるでしょう。ですから添削はあくまで参考に過ぎません。

一番注意して頂きたいのは、

作りっぱなしで、後は添削に出しておしまい

ということが当たり前にならないようにすることです。原句と添削句とを比較して、なぜそういうふうに直されたのかということを常に復習して吸収していくことがとても大切です。

(2000年10月21日)

添削された句は誰の句?

添削というのはとても気を遣う作業です。直しすぎると作者の句ではなく添削者の句になってしまうからです。かといって、投稿した句が全て没では作者は創作意欲を無くしてしまいます。そこで添削者は何とか一句でも添削して応えようと労するわけです。

投稿された作品のどれもが、箸にも棒にもかからない(失礼!)とき、また作者の作句姿勢が間違っていると思われるとき、そんなときには思い切った添削をして具体的にこんな感じで作るのがよいという実例として示すこともあります。

添削後の作品が実際に感じられた気持ちと大きく差異がなければご自分の句として受け入れて頂けたら嬉しいです。もしそうでないなら、わたしに気を遣わずに遠慮なく捨てください。添削された句を自分の句として残すか否かの選択は作者の自由意思です。

(2000年7月14日)

句の鑑賞法について

俳句を始めたばかりの人が句集や歳時記に載っている例句の全てを理解し鑑賞することは当然無理です。鑑賞力は俳句経験の度合いによっても変わってきますし、当然、鑑賞する側の好みもあります。 初心の学びに大切なことは句を理解することよりも、句調の整え方、俳句独特のことばや仮名づかい、切れ字の使い方を理屈ではなく感覚として身につけることです。

わからない句はいくら時間をかけて考えてもわからないので読み飛ばしてください。何年かあとに見直すと分かることもあります。句集を読み進むと必ず心に響く句が見つかるはずです。その句を繰り返し暗誦します。そうすることでその句のリズムが右脳にインプットされるのです。 繰り返しこの勉強をしている内に、自分の個性、好みの方向が定まってくるでしょう。

クリスチャンの方なら判ると思いますが聖書通読も同じです。信仰生活の折々で感動する場所や感動の内容が変わると思います。句を詠むことと鑑賞することとは同じではなく相関の関係と言うべきでしょう。佳句をたくさん鑑賞すれば作句力も上達するし、生む苦しみを多く体験すればそれだけ鑑賞力も深くなります。大切なのは具体的であることです。具体的に何に感動したかの意識なくしてよい句は作れないし、具体的にどこがいいのかということが明確に説明できなくては鑑賞とは言えないと思います。

https://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/43_soji/index.html 【「荘子」】より

制度を整え、競争を煽り、管理や罰則を強めれば社会はうまくいくという考えが主流を占める現代。その考え方に巨大な「否」を突きつける本があります。「荘子(そうじ)」。今から2300年前、中国の戦国時代中期に成立したとされる古典です。5月放送の「100分de名著」では、肩の力を抜き、自然体で生きる術を語ったこの名著を取りあげます。

「荘子」を書いたのは荘周。宋の国で漆園を管理する役人でしたが、やがて隠遁生活に入った人物です。卓越した才能を買われ宰相になるよう口説かれますが、世に出ることをよしとせず、在野の自由人として生涯を終えました。

その背景には「万物斉同」という根本思想があります。姿かたちはさまざまでも、万物はすべて「道(タオ)」と呼ばれる根本原理が変化したものであり、もとより一体であるという思想です。広大無辺な「道」からみれば、ものごとの是非や善悪、美醜、好悪などには本質的な違いなどありません。それなのに、世間の人々は自分の価値観を絶対視し、愚かな争いをやめようとしません。荘周はそうした愚かさから身を引き離して、全てのものをあるがままに受け容れ、「道」と一体化する自在な境地の素晴らしさを説き続けたのです。

社会が複雑化し息苦しさを増し続ける現代、「荘子」を読み解くことで、様々なしがらみから抜け出し自由になるヒントや、あるがままを受け容れ伸びやかに生を謳歌する方法を学びます。

第1回 人為は空しい

【ゲスト講師】

玄侑宗久(臨済宗妙心寺派福聚寺住職)

人間の小賢しい知識が生き生きとした豊かな生命を奪ってしまう「渾沌の死」、機械の便利さにかまけると純真な心を失ってしまうという「はねつるべの逸話」。「荘子」はいたるところで、本来の自然を歪めてしまう「人為」の落とし穴を指摘する。その背景には、「荘子」の「無為自然」の思想がある。人為を離れ、自然の根源的な摂理に沿った生き方こそ、人間の最高の境地だというのだ。第1回では、「荘子」の全体像を紹介しつつ、人間の小賢しい「人為」の空しさと、人為の働かない「無為自然」の素晴らしさを伝える。

第2回 受け身こそ最強の主体性

【ゲスト講師】

玄侑宗久(臨済宗妙心寺派福聚寺住職)

周囲に振り回されるマイナスなイメージがつきまとう「受け身」。だが「荘子」では、「片肘が鶏に変化してもその姿を明るく受け止めようとする男」「妻の死を飄々と受け止める荘周」といったエピソードを通して、「受け身」にこそ最強の主体性が宿ると説く。玄侑宗久さんは、こうした境地が「禅の修行」と共通性しているという。「荘子」では、主観や知のはたらきから離れて大いなる自然を受け容れ合一する「坐忘」という方法を説く。これは、坐禅により宇宙大に広がった「我」と「自然」が和した状態と共通するあり方、究極の「受け身」だ。第2回は、「荘子」が説く「全てを受け容れたとき人は最も強くなれる」という「受け身」の極意を禅と比較しながら明らかにする。

名著、げすとこらむ。ゲスト講師:玄侑宗久「心はいかにして自由になれるのか」

https://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/43_soji/guestcolumn.html 【「心はいかにして自由になれるのか」】より

『荘子』は今から約二千三百年前、中国の戦国時代中期に成立したとされる思想書です。著者の名前も荘子(荘周)ですが、この書は彼とその弟子たちが書き継いだものが一つにまとまった本です。歴史に名を遺す思想家たちを見てみると、孔子もお釈迦様もソクラテスも、自著というものを遺していません。その思想を弟子たちが書き遺したことで師匠の名前が残ったわけですが、『荘子』の場合は明らかに荘子自身も書いており、師匠と弟子の合作という珍しいスタイルの本になっています。

ちなみに荘子の読み方ですが、儒家の曾子と区別するため、日本では「そうじ」と濁って読むのが中国文学や中国哲学関係者の習慣となっています。

『荘子』は、一切をあるがままに受け容れるところに真の自由が成立するという思想を、多くの寓話を用いながら説いています。「心はいかにして自由になれるのか」。その思想は、のちの中国仏教、即ち禅の形成に大きな影響を与えました。寓話を使っていることからも分かるように、『荘子』は思想書でありながら非常に小説的です。じつは、「小説」という言葉の起源も『荘子』にあって、外物篇の「小説を飾りて以て県令を干(もと)む」という一節がそれです。「つまらない論説をもっともらしく飾り立てて、それによって県令の職を求める」という意味で、そのような輩は大きな栄達には縁がないと言っています。あまりいい意味ではないのですが、これが小説という言葉の最古の用例です。

実際に、日本でも作家や文筆家など、多くの人々が『荘子』から創作への刺激を受けています。よく知られたところでは、西行法師、鴨長明、松尾芭蕉、仙厓義梵。良寛も常に二冊組の『荘子』を持ち歩いていたと言われています。近代では森鷗外、夏目漱石、そして分野は違いますが、ノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹博士も『荘子』を愛読していました。中間子理論を考えていた時に、『荘子』応帝王篇の「渾沌七竅(しちきょう)に死す」の物語を夢に見て、大きなヒントを得たといいます。

荘子』は反常識の書だ、ただ奇抜なだけだ、という人もありますが、私にとっては常に鞄に入れて持ち歩くほど大切な本です。ふと思いついてパッと開いたところを読むだけで、何かがほどけるような気分になります。とかく管理や罰則など、いわゆる儒家や法家的な考え方が支配的な世の中です。社会秩序とはそういうものかもしれませんが、果たしてそれは個人の幸せにつながるのか……。『荘子』には常にその視点があります。個人の幸せというものをどう考えるかという視点に立つと、荘子の思想は欠かせないものなのです。

今、人々は、言葉や思想というものが大変恣意的な都合でできあがっている、暫定的なものであるという認識を失くしているように思います。たとえば、いわゆるグローバリズムの名の下に行なわれていることは、汎地球主義ではなく、欧米的価値観の押しつけだったりもするわけです。じつはさまざまな民族や宗教による考え方は非常に相対的なものであり、何かが絶対的に正しいというものではない──と、徹底的に笑いながら話しているのがこの『荘子』です。

また、東日本大震災を経た今、私たちは「自然」というものをもう一度とらえ直すべきではないかとも思います。いつしか人間は、自然というものは、自分たちが全貌を理解して制御することが可能なものだと思い込んでいたのではないでしょうか。自然とは恐ろしいものであり、人間がその全てを把握することなどできないという認識が、なくなっていたのだと思います。荘子は、人知を超えたあらゆるもののありようを「道」ととらえました。言い換えればそれが「自然」でもあります。自然とは何か。それをもう一度考え直す時に、『荘子』は最良のテキストになると思います。

『荘子』の徳充符篇に、「常に自然に因(よ)りて生を益(ま)さざる」べしという言葉があります。「自分の生にとってよかれという私情こそがよくない、それが却って身のうちを傷つけるのだから、私情なく自然に従うべきだ」という意味ですが、今の世の中はその正反対で、自分の生にとってよかれという情報ばかりが欲望されています。また応帝王篇には、「物の自然に順(したが)いて私(し)を容るることなければ、而(すなわ)ち天下治まらん」という言葉もあります。「私情を差し挟まなければ、天下はうまく治まる」ということです。ところが今の世界は、国家と国家がエゴをぶつけあう緊迫状態にあります。このように、個人も国家もエゴを主張しあう現在だからこそ、肩の力を抜いて「和」を目指すことを説く『荘子』が、とても重要な書だと思うのです。

じつは、荘子は「言葉」というものを信用していません。「夫(そ)れ言とは風波(ふうは)なり」(言葉は風や波のように一定せず当てにならないものだ)という人間世篇の言葉が、荘子の基本的な態度で、これは禅の「不立文字」にもつながっていく思想です。しかし荘子がそう言っているからといって、努力なしにいきなり「言葉はダメだ」と言っても仕方がない。言葉がどこまで役立つか、私なりに挑んでみましょう。「妄言」しますから「妄聴」してね──というのが荘子の態度です(「予(わ)れ嘗(こころみ)に女(なんじ)の為めにこれを妄言せん。女以(もっ)てこれを妄聴せよ」斉物論篇)。この番組テキストも、「妄読」していただければ幸いです。

第3回 自在の境地「遊」

「荘子」では、自在に躍動する生き方の極意が説かれている。天理に従う無意識の境地の素晴らしさを伝える「牛肉解体の達人の逸話」。常識では全く無用の存在に豊かな意味を与える「無用の用」のエピソード。それらは、世間的な価値でははかれない「遊」の境地を教える。一見役立たずの大木も、舟遊びや昼寝といった「遊」の立場に立てば、一気に「大用」に転換する。それは「人の役に立つことで却って自分の身を苦しめる」状況からの解放だ。第3回は、「用」から「遊」への価値転換を説く「荘子」から、何物にもとらわれない自在の境地の素晴らしさ、伸びやかに生を謳歌する極意を読み解く。

https://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/43_soji/motto.html 【「天道は運(めぐ)りて積む所なし、故に万物成る」】より

(「荘子」天道篇)

「応(まさ)に住する所なくして其の心を生ずべし」(「金剛般若経」)

玄侑宗久さんに「荘子」の解説をお願いするきっかけになったのが、玄侑さんの著書「荘子と遊ぶ」と出会ったことでした。そのラスト近く、玄侑さん自身と思われる「私」が「周さんは、完全に受け身なんですか?」と問いかけたのに対して、「荘子」の執筆者たる周さんは次のような言葉で返します。

「受け容れて随順した瞬間から、自然な反応そのものに強靭な意志がこもるんや。それだけが揺るぎない主体性とちゃうか」

私はこの逆説的な言葉に、正直、しびれてしまいました。その深い意味まではこの段階では気づいていなかったのですが、なにかとてつもないことをいっているということが直観的にわかりました。そして「受け身」というテーマを番組一回分に当てることにしました。「受け身」という思想を荘周がどのように展開しているかをもっと深く知りたいと考えたのです。これが第二回「受け身こそ最強の主体性」誕生のきっかけでした。

第二回の放送で、まさに期待通りの素晴らしい解説を展開してくださった玄侑さん。「受け身こそ最強の主体性」というテーマの本質が氷解しました。しかし、その解説内容の密度が高すぎて、放送枠の25分間にはどうしても収まりきれませんでした。上記の引用部分の解説は、惜しくもこぼれてしまったものの一つです。ここでその解説の一部をご紹介させていただこうと思います。

「天道は運(めぐ)りて積む所なし、故に万物成る」。玄侑さんの解説によると、「運りて」とは「変化する」、「積む」とは「滞る」。つまり、このフレーズは「天然自然の道は変化して滞ることがない。故にあらゆるものが生成する」という意味です。

玄侑さんは、人間の側からいうと、「積む」というのは、「記憶する」「こだわる」ということではないかといいます。本来は、ありのままをそのまま変化として流してやればいいのですが、人間は、記憶したりこだわったりして、その流れを捕まえてしまおうとする。でもそうしてしまうと、その間に流れてしまうものに気づけなくなってしまう。だから「荘子」は、記憶したりこだわったりする気持ちをやめた方がいいと説くのです。

「応(まさ)に住する所なくして其の心を生ずべし」は、仏教の「金剛般若経」の一節で、禅宗の六祖慧能が出家するきっかけとなった言葉といわれていますが、「荘子」のこの考え方と見事に照応しています。玄侑さんの解説によれば、「其の心」とは我々が本来もっている素晴らしい心のこと。我々がその本来の素晴らしい心を取り戻すためには、「住する所がない」状態にならなければならない。「住する」とは、何かにこだわること、そこに気持ちを向けて心が淀んでしまうこと。それがなくなったときに、初めて本当に生き生きとした素晴らしい心が生じてくるというわけです。

私たちは、コンピューターやスマホといった便利なツールが登場したおかげで、膨大なデータをストックしておくことができるようになりました。我々のような番組制作現場でも、そうしたデータを元にさまざまな現象を分析したり、シミュレーションしたりします。でももしかしたら私たちは、そうした「蓄積」や「データ」にしばられすぎているのではないか? 現実は絶え間なく変化しているのに、そうした変化をもっとダイレクトに感じる「直観」や「勘」のような力が弱くなっているのではないか? そんなことを玄侑さんの解説を聞きながら痛感しました。

では私たちはどのような心構えでいればよいのか? 玄侑さんは、荘子の鏡のたとえをひいてこういいます。「住する所がない、積まないっていうのは『鏡』です。『鏡』は何かを長く写していたいとか、ああいうものは写したくないとかって思わない。全てを写すんです。しかもこだわって記憶しない。…世の中は今、ブレないとか揺るがない方がいいってよくいわれますけど、全てが変化し続け巡っているわけですから、その中で揺らぎながらその流れに合わせていくのが一番いい生き方だと思います」と。何か心がすっと軽くなるような気がしました。まさか2300年も前の名著にこんなことを教えられるなんて驚くばかりです。ぜひこの驚きを「最終回」まで皆さんと一緒に味わっていけたらと思います。

第4回 万物はみなひとしい

万物を生み出しその働きを支配する「道」を根本原理ととらえた「荘子」。「道」からみれば万物は一体であり、人間世界の価値は全て相対的で優劣などない。「万物斉同」と呼ばれるこの思想は、世俗的な価値にとらわれ、つまらないことで争いを続ける人間の愚かさを笑い飛ばす。「胡蝶の夢」「道は屎尿にあり」といった卓抜なエピソードは「万物斉同」の思想をわかりやすく伝えるともに、あるがままを受け容れ真に自由に生きる極意を私達に教えてくれる。第4回では、これまで展開してきた全ての思想を支える「荘子」の要、「万物斉同」の思想を明らかにする。

こぼれ話。

わくわくするような「知の冒険」!

こういうと講師の玄侑宗久さんからは怒られてしまうかもしれません。「荘子」を書いた荘周さんは、人間の「知」というものにとても懐疑的な人でしたから。ですが、私は、今回の番組制作での体験が、類まれなる「知の冒険」であったと、あえていってみたいのです。

「知る」という経験は、自分をがんじがらめにしていた「常識」をこんなにもひっくり返してくれるものなのか! そして、こんなにも生き生きと自分を解放してくれるものなのか! それが「荘子」という名著を一読したときの私の第一印象でした。ですが、あまりにも常識を超えていて、私のようなちっぽけな「物差し」しか持ち合わせない人間にはどうしても理解できないところも多々ありました。そんなところに、ひょいと現れてくれた最高の案内人が玄侑宗久さんだったのです。

玄侑さんの解説の妙の一つは、「言葉が本来もつ意味」の「読みほぐし」というところにあると思います。「主人公」という言葉の読み解きはみなさんも驚かれたと思いますが、時間の関係でどうしてもご紹介できなかった解説を二つほどご紹介させていただきます。

一つ目は、「解釈」という言葉の語源について。実は、この言葉、第三回でご紹介した牛肉解体の達人、「庖丁(ほうてい)」のエピソードが元になっているという説があるのだそうです。これは玄侑さんに教えられるまで知りませんでした。

「解」という字、よくみると「牛」の体から「刀」を使って「角」を切り離す、という形になっていますよね。そして、「釈」は「分け取る」という意味なのだそうです。つまり、角を切り離した残りの部分から肉を分け取る。ここから「解釈」という言葉が生まれたというのです。エピソードにからめてちょっと深読みしてみると、「庖丁」のように、自然の筋目にすっと刀をいれるがごとく、無意識かつ自在の境地で行われるものこそが、本当の「解釈」なのかもしれませんね。私など、「100分de名著」のプロデューサーをしていながら、力技ばかりが先にたち、間違った解釈をしてばかりで四苦八苦しております(笑)

二つ目は「天鈞(てんきん)」という言葉。あまり耳慣れない言葉ですが、第四回でご紹介した「万物斉同」の立場を表す言葉なのだそうです。「鈞」というのは金偏(かねへん)ですが、平均の「均」を使った箇所もあるのだとか。

玄侑さんによれば、「天鈞」は、天から見れば、全てのものは釣り合っているということを意味します。つまり、天の高さから眺めれば、区別や対立などというものはおよそちっぽけでつまらないものになるという意味です。この「天鈞」という見方を獲得して、余計な対立や差別を解消しようというのが、荘子が説こうとしたことでないかと玄侑さんはいいます。番組でもおっしゃっていましたが、まさに「宇宙的なまなざし」ですよね。

こうした例からもわかるように、玄侑さんと一緒に番組を作っていくことは、とんでもない「発見」と「驚き」の連続でした。企画を練っているとき、玄侑さんとの電話での話し合いを今でも思い出します。実は私の最初の企画書では、第四回「万物はひとしい」は、第一回の放送に位置づけられていました。この企画書を読んでくださった玄侑さんは…

「すごくよくできた構成だと思うんですが、『万物はひとしい』の回は、最後にもってきませんか? おそらくあまりにもスケールが大きすぎて、いきなりお話しても視聴者のみなさんがついてこられないのではないかと思うんです。ゆっくり各論を噛み砕いて理解を少しずつ深めていってからのほうがよいと思います」

記憶から再現していますので、一言一句同じではないのですが、こんな言葉を投げかけられました。その瞬間、ばあーっと視界が開かれるような気持ちになりました。私の意図は、まず最初に「荘子」の第一原理たる「万物斉同」をきっちり理解させ、各論に入っていくというものでしたが、今、考えると、私が最初に考えた順番は、逆に生き生きとした「荘子」という書物の「いのち」を殺すことになっていたと思います。まさに「渾沌を殺す」ことになっていたかも。「荘子」を知り尽くした玄侑さんならではの見事なアドバイスでした。

その打ち合わせの中で、とてもうれしいこともありました。再び記憶からたどって会話を再現します(細かいところは違うかもしれません。玄侑さん、ごめんなさい)。

A「全四回のどのテーマにもあてはまらないのですが、どうしても入れたいエピソードがあるんです」

玄侑「もしかしたら《あれ》じゃないですか?」

A「玄侑さんの《あれ》と合っているかどうかわかりませんが、『荘子』の冒頭に出てくるエピソード、北の果てにある海に棲む魚『鯤(こん)』が、数千里にも及ぶ巨大な鳥『鵬(ほう)』に変身して南海の果てに飛んでいくという《あれ》です」

玄侑「そうでしょ、そうでしょ! 《あれ》はいれなきゃいけません。で、《あれ》を入れるんだったらラストでしょ、やっぱり!」

二人のいう《あれ》が全く同じだったこともうれしかったのですが、私自身も《あれ》を入れるんだったら絶対ラストだと思っていたので、そこが一致したことも、とてもうれしかった。そして、できあがりは、皆さんが最終回でご覧いただいた通り。まさに私達の企み通り、司会の伊集院光さんは「これを第一回目で見せられたらついていけなかったかも。最後に見せてもらったおかげで、今回勉強したことを一気に味わわせてもらった感じです」とおっしゃっていました。

私が冒頭で、今回の番組が「わくわくするような『知の冒険』」と書いた意味、少しだけわかっていただけたでしょうか?

まだご覧になっていない方、NHKオンデマンドでも全話が順次配信されています。一度ご覧になった方もぜひ繰り返しご覧ください。きっと新しい発見があるはずです。

コズミックホリステック医療・現代靈氣

吾であり宇宙である☆和して同せず  競争でなく共生を☆

0コメント

  • 1000 / 1000