https://www.nendai.nagoya-u.ac.jp/tande_report/1995/nagaoka1995.pdf 【五島列島、鬼岳火山群基底の海成更新統】より
長岡信治1)・松岡数充2)・松島義章3)・奥野充4)・中村俊夫5)
1)長崎大学教育学部地理学教室
2)長崎大学教養部地学教室
3)神奈川県立博物館
4)名古屋大学大学院人間情報学研究科
5)名古屋大学年代測定資料研究センター
1。はじめに
1994年2月、長崎県五島列島の福江島の鬼岳火山の北麓にある福江市三尾野町の運
動公園建設現場(北緯32°40ʼ59”、東経128°50ʼ17)で水源確保のための機械ボー
リングが行われた(第1図)。その際、鬼岳火山を構成する玄武岩質溶岩類の基底付
近から海成層が発見された。この海成層を三尾野層(みおの、新称)と呼ぶことにす
る。三尾野層は第四紀後期に活動した鬼岳火山噴出物の基底に存在し、貝化石などの
古生物資料を豊富に含むことから、西九州の第四紀の古環境を考える上で数少ない重
要なデータを提供するものと期待される。そこで、筆者らは、三尾野層について、貝
化石、花粉、渦佃毛藻などの分析と14C年代測定を行い、時代や環境について予察的
な結果を得たので報告する。
第1図ボーリング地点の位置(国土地理院発行の1/25,000地形図「五島福江」を使用)
2。鬼岳火山群の地質
鬼岳火山および周辺の増田溶岩台地、火ノ岳、城岳、箕岳、臼岳等の玄武岩質火山
体を、鬼岳火山群と総称する。倉沢・高橋(1962)は、岩石の化学分析を行ってお
り、第四紀に活動した新期アルカリ岩系に含めた。松井ほか(1977)、河田ほか
(1994)、中原・海野(1994)、寺井(1987、1989)は、層序学的な研究を行って
いる。河田ほか(1994)は、本地域の火山を、古いものより増田溶岩、城岳火山、
鬼岳火山、火ノ岳火山、箕岳・臼岳火山に分けているが、活動の休止期などの時間関
係については触れていない。中原・海野(1994)は、これらの火山は連続的な噴火
(一噴火サイクル)でできた単成火山と考えている。寺井(1987、1989)は、鬼岳
火山群の活動を5期に分け、考古遺跡と溶岩流の関係から、鬼岳火山群は約1万年前
から2千~3千年前まで活動していたと推定している。このように、鬼岳火山群は複
数の火山体からなり、後期更新世から完新世に活動していたと考えられる。また、福
江市水の窪遺跡の発掘調査でも、縄文時代晩期に降灰があった可能性が指摘されてい
る(福江市教育委員会、1976)。福江市一本木遺跡では弥生時代後期以降の風化火
山灰が確認されたが、火山活動との関係についてはよくわかっていない(長岡、
1993)。
こうしたことから筆者のひとり長岡は、鬼岳火山群の噴火史を明らかにするべく、
地質調査を行っている。長岡(未公表)のこれまでの航空写真判読と野外調査によれ
ば、鬼岳火山群は、時代の異なる6つ以上の単成火山からなっている(第2図)。そ
れらは古い方から、増田火山、火ノ岳火山、城岳火山、崎山鼻火山、向山火山、鬼岳
火山である。ただし、崎山鼻火山および向山火山は他の火山から分布が離れているの
で、他の火山体との層序関係は明らかではない。その地形の新鮮さから、鬼岳火山と
ほぼ同じか、やや古いと考えられる。また、後で述べるように、火ノ岳火山は幾つか
の単成火山に細分される可能性がある。以下では、長岡(未公表)にもとづいて各火
山の概略を述べる。
増田火山は、鬼岳の西方に位置する。噴出物は、下位より蓮寺降下スコリア堆積物、
増田溶岩、野中降下スコリア堆積物である。蓮寺・野中降下スコリア堆積物は火砕丘
を形成している。増田溶岩やスコリア丘の表層は赤色土化を受けていることから、こ
れらは中期更新世に噴出したと推定される。
火ノ岳火山は、前期の溶岩台地形成期と後期の成層火山形成期からなる。両時期の
噴出物の層序関係は野外で直接確かめられているわけではなく、異なる噴火サイクル
の噴出物かもしれない。溶岩台地形成期は小泊溶岩、大浜溶岩、長手溶岩などからな
る。小泊溶岩は大浜溶岩の下位であるが、長手溶岩はいずれの溶岩とも層位関係は不
明である。成層火山形成期の噴出物は、下位より、江湖川溶岩、腐水川溶岩、川村牧
場降下スコリア堆積物、崎山溶岩、火ノ岳降下スコリア堆積物、五島ゴルフ場溶岩か
らなる。川村牧場降下スコリア堆積物は、二つの火砕丘を、火ノ岳降下スコリア堆積
物は火ノ岳火砕丘をそれぞれ形成している。なお、腐水川溶岩と川村牧場降下スコリ
ア堆積物は、火ノ岳火山とは北へ離れて分布してることかな、独立的な火山体(川村
牧場火山)を形成している可能性がある。
城岳火山は、城岳火砕丘を構成する城岳降下スコリア堆積物と火砕丘の山腹から流
出した瀬湖川溶岩からなる。
崎山鼻火山は、箕岳の南方に接する火山で、崎山鼻降下スコリア堆積物とそれを覆
うラハール堆積物からなる。
向山火山は、溶岩台地とスコリア丘群からなる。噴火口の位置の違いから、下位よ
り臼岳火山体、大平瀬火山体、箕岳火山体に分けられる。臼岳は3枚の溶岩流(臼岳
溶岩1・2・3)とそれと指交する臼岳降下スコリア堆積物からなる。大平瀬火山体は
3枚の溶岩流(大平瀬溶岩1・2・3)とそれらと同時に噴出した大平瀬降下スコ・リア
堆積物からなる。箕岳は箕岳溶岩と箕岳降下スコリア堆積物からなっている。
鬼岳火山の活動は、割れ目噴火から、北部での中心噴火、南部での中心噴火へと推
移した。噴出物は、下位より、大窄火砕丘群を構成する大窄降下スコリア堆積物と鐙
瀬溶岩、福江空港溶岩、坂ノ上溶岩、北鬼岳火砕丘を構成する北鬼岳降下スコリア堆
積物、上大津溶岩、鬼岳火砕丘を構成する鬼岳降下スコリア堆積物、鬼岳牧場溶岩、
コンカナ王国溶岩である。大窄降下スコリア堆積物は、鬼岳火山群中最も規模の大き
い降下堆積物で、鬼岳南部から南麓を給源とし東方の火ノ岳火山体を広く覆っている。
3。ボーリング柱状と三尾野の層序
ボーリングは、鬼岳火山の坂ノ上溶岩上で行われた(第1図)。
ボーリングで得られたコアの層序は、上位より、玄武岩質溶岩1(BL-1、52~40
m)、玄武岩質溶岩2(BL-2、40~7m)、玄武岩質溶岩3(BL-3、7~-8m)、玄
武岩質溶4(BL-4、-8~-72m)、三尾野層(砂層、-72~-76m)、玄武岩質溶岩5
(BL-5、-76~-84m)、五島層群(砂岩、-84m~)である(第3図)。
BL-1は、鬼岳火山の大浜溶岩(松井ほか、1977;河田ほか、1994)、本報告の坂
ノ上溶岩に対比される。
BL-2およびBL-3は、鬼岳火山または火ノ岳火山の溶岩台地形成期の溶岩に対比さ
れる可能性があるが、コア試料がすでに失われており、詳細は不明である。
BL-4は海抜-8m以下に分布している。北側の福江市街地下の10m以下には増田溶
岩が広く分布している(河田ほか、1994)。BL-4は分布高度から見て福江市街下の
増田溶岩(松井ほか、1977;河田ほか、1994)に対比されるであろう。
三尾野層は、厚さ4mの貝化石を豊富に含む青灰色のシルト質砂である。ラミナな
どは不明瞭である。上位のBL-4との境界には土壌などの発達はないが、BL、-4は水冷
破砕構造や急冷縁などを有さず、基底のフローブレッチャーを除いて極めて均質であ
ることから、BL-4は明らかに陸上堆積と考えられる。よって水成の三尾野層とBL-4
とは不整合関係と推定される。下位のBL-5も均質な溶岩であり同様に陸上堆積と推
定されることから、三尾野層とは不整合関係とみられる。
BL.5は鬼岳火山群初期の噴出物と考えられるが、時代や噴出源は不明である。
基底の五島層群は風化した脆い砂岩である。
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4。三尾野層の化石と環境
貝化石はイヨスダレやウラカガミ、トリガイなどの内湾棲種を主体とし、沿岸岩礁
棲種を含む混合群集であり、破片が多いことから、再堆積している可能性がある。花
粉化石は、モミ属・マツ属が優先し、ブナやニレ属-ケヤキ属が少量伴う。この組成
は、現在より寒冷な気候を示している。渦佃毛藻群集も、現在より冷たい水温を示す。
このように、本層の化石は総じて現在より寒冷な環境を示している。また、五島列島
の第四紀テクトニクスは安定的と考えられる(Nagaokaerα£、1996)ことから、三尾
野層の分布高度-72~-76mは堆積当時の海面高度を表しているとみることができる。
これらのことから、三尾野層は氷期の堆積物と推定される。
玄武岩質溶岩1(BL-1)
鬼岳火山起源
玄武岩質溶岩2(BL-2)
玄武岩質溶岩3(BL-3)
玄武岩質溶岩4(BL-4)
三尾野層
貝化石を含むシルト質砂層
玄武岩質溶岩5(BL-5)
五島層群の砂岩
第3図三尾野層のボーリング柱状と14C年代
5。三尾野層の14C年代値と堆積時代、鬼岳火山群の活動開始期
今回、三尾野層に含まれる4点の貝化石と1点の木片の14C年代を測定した。これ
らの試料は、蒸留水中で超音波洗浄して表面に付着した物質を取り除いた後、以下の
ように調製した。貝化石は、さらに0.1規定の塩酸により表面を溶解除去したうえ粉
砕し、リン酸分解法により二酸化炭素(C02)を回収した。一方、木片は、酸処理、
アルカリ処理、酸処理を行った後、蒸留水で洗浄し乾燥させ、これを酸化銅と共にバ
イコール管に真空封入し、約2時間¶)j50°Cに加熱し生じた気体を真空ライン中で精製
しC02を得た。このようにして得られたC02から、Kitagawaez❹。(1993)の水素還
元法によりグラファイトターゲットを作製した。調製したグラファイトターゲットに
ついて、名古屋大学のタンデトロン加速器質量分析計(Nakamuraea£、1985;中村・
中井、1988)を用いて14C年代を測定した。14C濃度の標準体にはNBS修酸(SRM4990)を用いた。14C年代値はLibbyの半減期5、568年を用いて算出し、西暦1950年か
ら遡った年数で示した。測定誤差は14Cの計数にもとづく統計誤差を考慮して1標準
偏差(1c7)で示した。また、トリプルコレクタ一式気体用質量分析計(Finnigan
MAr社製、MA711252)を用いて試料のδ13Cを測定し、炭素同位体の質量分別効果を
補正した。
得られた年代値は全て約40、000yrBPより古いという結果であった(第3図)。し
たがって、三尾野層の堆積時期は最終氷期前半の氷期と考えることもできる。一方、
前述のようにBL-4が増田溶岩に対比されるとすると、BL-4に覆われる本層は、前~
中期更新世の氷期に形成された可能性もある。しかしながら、この対比は現在のとこ
ろ不確かである。三尾野層の堆積時代が最終氷期中なのかそれともそれ以前の氷期な
のかについては、現在調査中の上下の溶岩の対比やK-Ar年代測定などの結果を待ち
たい。
また、三尾野層の下位の玄武岩質溶岩BL。5は、鬼岳火山群初期の噴出物と考えら
れる。鬼岳火山群の活動開始期もまた40、000yrBP以前であることは確実となり、さ
らに中期更新世まで遡る可能性もでてきた。
謝 辞
福江市役所からはボーリングコアの提供を受けた。また、同市役所中島栄一氏には
現地調査の便宜を図っていただいた。名古屋大学年代測定資料研究センターの太田友
子氏にぱC年代測定の際に試料調製を手伝っていただいた。なお、この研究には、
文部省科学研究費補助金(特別研究奨励費、()0002051)の一部を使用した。記して
謝意を表します。
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