Facebook竹元 久了さん投稿記事🔵【カタカムナの謎】謎の古文書と超古代テクノロジー!
兵庫県六甲山中に、かつて超古代文明が存在していた。その名をカタカムナという。六甲山中にある金鳥山。楢崎皐月はこの山で平十字(ひらとうじ)と出会い、カタカムナ文明の残滓に触れた。ことのはじまりは昭和24年(1949)。楢崎皐月という電気技術者が、現在の神戸市東灘区にある金鳥山に入った。目的は植物の生育状態と大地を流れる電気の関係を調べること。地元の人から「金鳥山には蘆屋道満の墓ともいわれる狐塚という穴があるから、行ってみるといい」と勧められた楢崎は、この穴をベースに、山中に計測装置を置いて調査を開始する。
すると何日かすぎた夜、突然、その穴に鉄砲を手にしたひとりの猟師が訪れてきた。「変な仕掛けをされて、キツネたちが迷惑しているから取り外してくれ」猟師は怖い顔をしてそういった。翌日、楢崎が計測装置を外すと再び猟師がやってきて、自分はヒラトウジ(平十字)だと名乗った。楢崎が素直にいうことを聞いたので気をよくしたのか、猟師は父親が宮司をしていた「カタカムナ神社」のご神体だという、謎の古代文字が書かれた巻物を取りだし、楢崎に見せたのである。たしかに巻物には、渦巻きのような模様がたくさん書かれていた。それを見た瞬間、楢崎の頭にはある言葉が甦ってきた。
「八鏡化美津文字」それは第2次世界大戦中のことだった。楢崎は製鉄技術者として中国北東部の満州吉林にいた。ここには娘娘廟という道教寺院があり、楢崎はそこの老師から筆談で、八鏡化美津文字という古代の叡智を伝える文字の存在を聞かされていたのである。
●八鏡を見ただけで理を知るアシアの謎
「『噫示八(アィシーパー)』人、ただただ八鏡を観ず。やすやすと万理を弁ず。『八鏡化美津文字』で、理ことわりを弁じ・利便を生じ・名第を利し、命題を明らかにす」老師は楢崎に、そう伝えた。「アィシーパー」人は「八鏡」を見てすべての理を知り、「八鏡化美津文字」ですべての理を明らかにする、というのである。しかも老師は、「アィシーパー」人はかつて日本列島で暮らす古代人だったと説明した。楢崎には、「アィシーパー」が「アーシーヤー」=「アシヤ」と聞こえていたという。平十字の巻物を見た楢崎は、まさにこれが「八鏡化美津文字」ではないかと直観したのだ。
しかも平十字は、カタカムナの神を祀ったのはアシア族であり、その頭領はトウアンであると語った。アシアトウアンは遠い昔、天皇家を中心とした「天孫族」と戦って敗北したというのだ。
これらの一致は、とても偶然とは思えない。老師がいう世界の理を知る古代人とは、おそらくアシア族の叡智のことだろう。巻物の文字は、「カタカムナ図象文字」という。基本はどれも丸と十字(○と+)の組み合わせで、丸のふちには最大で8つの小円が並ぶ。楢崎は、これはきわめて抽象的・合理的な図象であり、理を弁ずるに最適な文字だと悟った。そこで平十字に、巻物を写しとらせてもらえないかと頼み、快諾されたのだ。これが『カタカムナ文献』である。
書き写した「ウタ」は80首。すべて渦巻き状に記されており、中央から外側に向かって読んでいくものと思われた。解読は苦難をきわめたが、楢崎はついに解読に成功。最初は次のような「ウタ」で始まっていた。
「カタカムナヒビキ マノスベシ アシアトウアン ウツシマツル カタカムナウタヒ」素直に読めば、アシアトウアンがカタカムナのウタヒを写しとった、となる。「カタカムナのウタヒ」とは何か? ひとことでいうならばそれは、今日でいう自然農法やフリーエネルギーの技術であり、エコロジー思想にも通じる万能の科学理論だったという。
●カタカムナ文明のすぐれた4つの技術
では、カタカムナ文明とは具体的に、どのようなものだったのだろうか。正直なところ、よくわかっていない。楢崎自身、解読したとはいうものの、難解な注釈をつけるだけで、内容についての解説はほとんどしていないからだ。だが楢崎は、『カタカムナ文献』をベースにしたと思われる著作『カムナガラノミチ』を残している。そこには、古代カタカムナ文明に通じる叡智の一端らしきものが紹介されているので、それを元に推測してみよう。
カタカムナ文字。渦巻き状に書かれた「ウタ」は80首あり、そのすべてが楢崎皐月により解読された。『カムナガラノミチ』では、以下の代表的な生産技法が取りあげられている。
1:イハカムナ(岩理)
2:タガラモリミチ(農業技法)
3:キメカムナ(木理)
4:カムヒルメ(製鉄法)
1のイハカムナ(岩理)は石の細工技術である。2は農業の技術であり、3は木工建築、4 は製鉄と冶や金きんの技術だ。ここから見るとカタカムナ人は、すぐれた石工の技術、農業技術、そして建築技法と製鉄技術を持っていたと推測できる。問題は年代で、「天孫族」と戦ったのが事実なら、少なくとも2000年近く昔ということになる。その時代に4つの技術を手にしていたグループがいたとすれば、まさに超古代文明と呼んで差し支えないだろう。とくに石工の技術で気になるのが、六甲山中に残されている古代遺跡と思しき巨石群だ。祭祀遺跡とされるこれらの巨石だが、もしかすると祭祀とは違う目的でそこに置かれ、使われていた可能性もある。一例を挙げるなら、巨石による大地のエネルギーの制御であり、あるいはエネルギーネットワークの構築である。また、六甲山中には大きな石の祠=石の宝殿が見られるし、同じ兵庫県高砂市の生石神社には、やはり「石の宝殿」と呼ばれるあたかも水面に浮かんでいるような巨石が切り出しの途中で放置されている。これらもまた、カタカムナ文明の残滓と見ることができるのではないだろうか。
ちなみに金鳥山の隣には、高級住宅地として有名な「芦屋」があり、陰陽師・安倍晴明のライバルとされる「蘆屋道満」の根拠地でもあった。奇妙なことにこの地域は、なぜか古代から呪術のメッカとされてきた。多くの陰陽師が播磨で呪術を学んだのである。そのルーツもまた、カタカムナの叡智につながる可能性は高い。
匿名
https://ranyokohama.amebaownd.com/posts/6402715?categoryIds=5798916 【フトマニ】
【フトマニ図 http://auwa.sakura.ne.jp/forum/Japan/148hより】
1、中心の三つの図形について
左渦巻きは、ア、Aです。非顕在の思念体の「私」意識を意味します。
右渦巻きは、ワ、Waです。顕在存在の物的世界の精妙エネルギーを意味します。
中心の図形は、ウと読み、左渦巻きアと右渦巻きワが重なっていることを意味します。
宇宙は、左渦巻きアと右渦巻きワの対立の統一として存在します。
アウワは、宇宙の基底の哲学を意味しています。(創造のみ柱)
2、トホカミイェヒタメを繰り替えして言うことは、非顕在のあなたの「私」意識を、非顕在の星の神で、魂の親である守護神の「私」意識につなぎます
最初の円の外側に八つの図形があります。トホカミイェヒタメとよみます。
トホカミイェヒタメを五回繰り返すとフトマニ図をおろした星の神を呼ぶと言われます。
神の高次「私」意識のエクトプラズムが生体マトリクスの精妙エネルギーの流れに思念体を重ねます。
トホカミイェヒタメを繰り返すと精妙な感覚を受けます。
神の高い質の思念体が精妙エネルギーに強力なクリアリングの力を発揮します。
トホカミイェヒタメの図形の順番に重要な意味があります。
トホカミイェヒタメの図形記号を線でつなぐと星の輝きの姿が浮かびあがります。
星の輝きの図形はこの場に星の神の思念体を呼ぶ意味があります。
思念体は非顕在の世界に属します。
トホカミイェヒタメをつないだ線は、左回転の方向です。
フトマニ図においては左回転は、非顕在の世界を意味します。
トホカミイェヒタメは非顕在世界の中にあります。
アウワのアは左渦巻きです。それは星の神の思念体の「私」意識をあらわします。
トホカミイェヒタメの図形は、同じ神の思念体の中にある神の子である魂の「私」意識をあらわします。
すなわちトホカミイェヒタメは人間の魂を意味します。
トホカミイェヒタメを繰り替えして言うことは、非顕在のあなたの「私」意識を、非顕在の星の神で、魂の親である守護神の「私」意識につなぎます。
3、トホカミとは星の神の意味です
フトマニ図は、非顕在と顕在の対立の統一をあらわします。
非顕在は左渦巻き方向の円です。
左巻き方向に二つあります。
中心の左渦巻きは、非顕在の魂の親である星の神の「私」意識です。
線でつないだトホカミイェヒタメは、左方向に星型が星の輝きの形になっています。
これは魂の思念体が星の神の思念体の中にあることを意味します。
トホカミとは星の神の意味です。
カミは、現在の日本語でも神です。
トは、6000年前の前日本語で星を意味しました。
イェヒタメは、魂は神の子であるを意味します。
イェは魂の意味です。 ヒは「です」 タは、「子ども」 メは、「神」です。
このトホカミイェヒタメは星の神である守護神(魂の親)とつながるマントラです。
実際に「トホカミイェヒタメ」を五回繰り返すと、守護神の思念体が生体マトリクスにエクトプラズムを重ねます。
4、アイフヘモヲスシを繰り返すことは、生体マトリクスの精妙エネルギーの流れを良くします
フトマニの図形は二つの渦巻きをもっています。図形は五つの円からできています。
最初の円は、中心に三つの図形があります。一つ目と二つ目の円の間に八つの図形があります。二つ目と三つ目の円の間に八つの図形があります。三つ目と四つ目の円の間に16の図形があります。四つ目と五つ目の円の間に16の図形があります。
二つ目の円から五つ目の円の図形は右渦巻きの方向に並んでいます。
右渦巻きは顕在世界を意味します。
存在の基底は時空を形作るヒッグズ粒子です。
ヒッグズ粒子の流れが多様な素粒子の流れに分岐しています。
素粒子の流れの層が二つ目と三つ目の円の間の八つの図形です。
二つ目と三つ目の円の間の八つの図形は、アイフヘモヲスシです。
自分の体の特定点を意識してアイフヘモヲスシを繰り返すとその箇所の素粒子の流れ(精妙エネルギー)の流れがよくなります。
問題の箇所の素粒子の流れがよくなるので、不調が解決します。
最初に五回トホカミイェヒタメを繰り返し、守護神の思念体を呼びます。
それからアイフヘモヲスシを不調が消えるまで繰り返します。
守護神が不調の特定箇所に思念体を重ねて素粒子の流れを良くしてくれます。
アイフヘモヲスシの図形を順番に線でつなげば、星の形なります。
これは星の太極の精妙エネルギーを意味します。
トホカミイェヒタメも星の形です。二つの違いは渦巻きの方向です。
トホカミイェヒタメは左渦巻きです。左渦巻き方向は、非顕在の思念体をあらわします。
アイフヘモヲスシは、右渦巻きの方向です。右渦巻きは顕在存在の精妙エネルギーを意味します。
左渦巻きと右渦巻きは、二つ目の円を境に位置がずれています。
反対方向の渦巻きが出会うところが位置がずれていることは、顕在存在の精妙エネルギーと非顕在の思念体が対立の統一の関係にあることを意味します。
トホカミイェヒタメアイフヘモヲスシを続けて繰り返すと宇宙の基底の力が働きます。
宇宙の基底の力は対立を統一させる力を強化します。
体の不調、人間関係のトラブル、学習の能力の発達、社会問題が、弁証法のプロセスにおける場と構造の対立の統一にかかわる問題に有効です。
場にもとづいて構造が成立します。場が過去に流れ去ります。構造に亀裂が生じます。
新しい場が新しい構造を成立させるために統一の力の強化がもとめられます。
この局面でトホカミイェヒタメアイフヘモヲスシが統一の力を強化し、問題の解決を促進します。
5、アイフヘモヲスシの意味は、「愛は苦悩と後悔を溶かす」
フトマニズの中心から二列目の輪にある8つの図形は右巻きに星型を描いてアイフヘモヲスシとよみます。アイフヘモヲスシの意味は、「愛は苦悩と後悔を溶かす」です。
アは精妙な イは意志。 フは、溶かす ヘは、苦悩 モは、後悔 ヲは、今の日本語と同じく目的格です。スは、消去。 シは、する。を意味します。
精妙な意志とは何でしょう。
精妙な意志とは思念体の質が高いことを意味します。アイは、思念体の高い質を意味します。現在の日本語でアイは愛です。
精妙な意志である愛は、苦悩と後悔を溶かす。これは真実です。真実の愛は、苦悩と後悔を溶かします。真実の愛は、高い質の思念体活動である神の愛です。
6、フトマニ図は、人間と宇宙の両方が非顕在の思念体と顕在の物的世界の対立の統一であることを教えています
7、ヤキヌエコヨユイ・ハチムネオソツナ で容貌を綺麗にし、内臓を浄化するヒーリングが生じる
ヤキは、物的身体の容貌です。ヌは、「の」です。エコヨユは、身体を意味します。
イ(yi)は綺麗にする。ハチは、臓器 ヌネオは、内側の ソツナは、純化する。
8、災難を避ける効果が本当にある「マニウテケロンサ・ラリクセレノルワ」
図の最後の二つの円の間にある図形は、「マニウテケロンサ・ラリクセレノルワ」と読みます。
この図はその中で人間が住んでいる物的世界を意味します。
マニは木を意味します。
ウテは、家を意味します。今でも日本語で家をウチと言います。
ケロウンサは、しっかりと立っているです。ラリは橋です。クセレは、石壁です。
ノルワは、頑丈にできていることです。
「マニウテケロンサ・ラリクセレノルワ」を心の中で繰り返せば、災難なしに毎日を過ごすことができます。
Facebook中澤勝巳さん投稿記事 真実はシンプル?
昨日は、『アワ歌で元気になる』の著者の宮﨑貞行先生をお迎えしてのアワ歌『お話会&歌う会』でした。
とにかく盛りだくさんで語り尽くせないくらいの一日となりました。
イベントが始まって早々に宮﨑先生がアワ歌を披露してくださったのですが、『えっ?歌手みたい』と思ってしまうほどの素敵な歌声に一同ビックリ(笑)
そんなビックリから始まったのですが、とにかく先生の講義は体感型です。
・『あいうえお』を唱えてチャクラを感じながらの小周天
・八の字の動きを取り入れた体操
・古神道の魂ふり
などなど。
説明の後にすぐ体感できるので、納得感の連続です。そして、全員でアワ歌を響かせる。
これがまたとても氣持ちがいいんです。全身にエネルギーが湧き上がる感覚。
心が静寂になってくる感覚。
『古代縄文人もきっとこんな感じでアワ歌を響かせていたのかもしれない』
そんなことを感じました。
たった48音の響きでこれだけの体感ができるアワ歌はやはりすごいなと改めて思いました。
古代の人たちは現代人にはないとても豊かな感性とイマジネーションをもっていたのでしょうね。
そして、強く思ったのは本質はシンプルだということです。
さまざまな知識にがんじがらめになっている現代人は難しいこと、複雑なことに価値を見いだそうとする傾向があります。
でも、実際は頭でっかちになるだけで、本質からどんどんかけ離れているように感じます。
真実はシンプル。世界もシンプル。
アワ歌の響きに心身を任せ、その心地よさを感じていると、本質はシンプルなところにあると思わずにはいられません。
難しくしているのは人間の方なんです、きっと。
宮﨑先生、参加して下さった皆様、本当に素敵な時間をありがとうございました!
あっ、ブログも書いたのでよかったらこちらもどうぞ。
http://gentenkaiki.net/2017/07/03/awauta-48onnno-himitsu/
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