https://japan-indepth.jp/?p=50734 【京大総長が説く ゴリラに学べ】投稿日:2020/3/23 より
・ゴリラ研究第一人者の学長が語る ゴリラから学ぶこと。
・IT化・AI出現で人間はむしろ退化しているのではないか。
・京大をジャングルのような“直観力”を養える大学にしたい。
京都大学総長の山極壽一さんは、ゴリラ研究の第一人者にして世界的権威だ。大学の学長といえば多くが法学部、経済学部、文学部、工学部などの出身者に限られているが、山極さんは霊長類・人類学などを専門とし40年間にわたりアフリカでゴリラの研究を続けてきた変わり種の理学博士である。
その山極さんが、私がホストを務めるTBSラジオ『嶌信彦 人生百景「志の人たち」』にゲスト出演いただくことになり2月下旬にゴリラ研究からみた人間社会、京都大学論などを聞いた。貴重で危険な研究体験とともに、現代の学問や人類の衰弱、危機などにまで話が及び「ゴリラから人間社会への警告」に耳を傾けるべきだと、熱を込めて説いていたのが印象的だった。放送は3月22日と29日いずれも日曜21:30からを予定している。
■ ゴリラ研究でアフリカに暮らす
ゴリラ研究の基本はフィールドワークにある。このため山極さんは40年にわたりザイール(現:コンゴ)でヒガシローランドゴリラの調査を続けてきた。
初めてアフリカに渡ったのは1978年、26歳の時だった。ゴリラのフィールドワークは、森のことを知り尽くしているトラッカーと呼ばれる現地の案内人に協力してもらいながら広大なジャングルを歩きまわり、ひたすらゴリラを追って接近してゆくのだ。しつこく追跡すると怒って唸り声を上げ襲ってくる。太い腕で打ちのめされたこともあり、特にムシャムカと名付けた42頭のゴリラ集団のリーダーは、突然トラッカーと山極さんに向かって襲い掛かり倒れこんだ2人に腕を振り下ろし、殴りつけると弾丸のように走り去って行った。胸に大きな衝撃と痛みが走り、ショックで死ぬのではないかとさえ思ったそうだ。しかし自分の姿を見せ、ゴリラの行動を真似し食べ、寝て追い続けると次第にその存在を認め、近づくことを許すようになるという。そんな関係になるまで5年位かかるらしい。
▲写真 ヒガシローランドゴリラ(撮影:2012年7月23日 コンゴ民主共和国)出典: flickr; Joe Mckenna
■ ゴリラと目を合わせ続け仲良くなる
ゴリラは、他の動物を見ると相手を知ろうと、近づいてきて“覗き込む”ように見る。この“覗き込み”に対し怖がって下を向いたり、そっぽを向くと敵意をもっているとみなされるので、こちらも覗き込み返すことが仲良くなるコツ。しかし最初のうちはゴリラに覗き込まれるとついビビッてしまうが、そこをガマンしてこちらも相手の目をじっと見つめている勇気がいるのだ。これを繰り返していると、敵意がないとみて側に寄ってもこちらの存在を全く気にせず行動するようになるらしい。人間の側に寄ってこちらの存在を全く気にせず行動するようになるらしい。人間の側に犬や猫、鶏などがきても、人はほとんど気にしないが、それと同じような状態になるというのだ。
仲良くなるとゴリラは遊びにくる。タイタスと名付けたゴリラは、雨が降った時、山極さんが樹洞に入って雨宿りしていたら、後から雨を避けようと同じ洞に入ってきて山極さんの膝の上に座り、そのまま寝てしまったこともある。ゴリラとの挨拶は“グフーム”と低い声を出し、コホコホと咳をすれば、“違う”という意思表示になるともいう。
■ 家族を大事にするゴリラ社会と人間
ゴリラ社会は家族を大事にし、互いに奉仕したり、子供と遊ぶ能力を持ち、食べ物を分け合って平和的に食事をするが、サルはヒエラルキーの社会で相手の強弱によって関係を作り、家庭よりも集団の中で生きる。
人間は家族を大事にするが、自分の属する集団にも強いアイデンティティを感じ、食物や仕事の分配・分担を行なう互酬性の社会を作って子育てを行ない、平等意識を持って暮らす社会を形成、どちらかというとサル社会よりゴリラ社会に似ている。ただ人間は物事を考え、考えたことや学んだ知識を頭に蓄え、それらをつなぎ合わせたり構成し直したりしてまた新たな構想、世界を作り出す能力を持つことが大きな特色だという。そこに人間とゴリラや他の動物との違いがあり、そのことによって人間は成長、進化してきたとみる。
■ IT化・AIは人間を衰弱させる
ただ最近はIT化が進み、人工知能が出現。さらにロボットによって働き方も変わってきたことにより、人間はむしろ退化してきたのではないかと山極さんは心配する。かつては頭の中に蓄えていた知識をパソコンなどに置き換え必要な時に取り出すようになってしまったし、人工知能やロボットに物事を考えること、働くことなどを機械に任せるようになってきたからだ。
▲画像 人工知能イメージ 出典: Pixabay / Pete Linforth
身近な例ではかつては家族や友人の電話番号などを10人分くらいは覚えていたが、今は携帯に登録しているので覚えていないし、働く手順を考えだしたり、大きな構想力で世界をつかみ取ったりする思考方法は衰えてきていると危惧するのだ。ITや機械に頼りすぎて物事を考える力が衰退し、学んだことをパソコンや人口知能、ロボットなどに入れ込んだり落とし込み、代用させるとなんでもボタン一つ押せば片付くと考えるようになってしまったというのである。すると人間は互いに話し合って新たな方法や解決策を見つける手間を省くようになり、一見、便利そうに見えたが人間はだんだん大きな構想力を持たず、話し合いも少なく、経済優先となり孤独化し、内向的になってゆく。それが現代社会の特徴として出てきているのではないかというのだ。
■ 考える力と構想力が人間の特色
山極さんは「京都大学も現在はジャングルのようで様々な個性的で面白い発想がまだ息づいている。しかし放っておくと京大らしさを無くす心配もあるので、“京大野帳”とか“京大変人講座”“京大チャレンジコンテスト”などいろいろ学生、教授らを刺激する試みを行なっている」と言い、学力・体力だけでなく世界観と五感を生かした“直観力”を養えるような大学にしたいと構想している。
▲写真 京都大学(2019年5月)出典: 京都大学 facebook
現代は、人間の脳に留めておいた記憶や知識、データベースを外部のスマホなどに収納してしまいボタン一つでアクセスして自分の頭で覚えなくなってしまった。人間の特色は想像力によって自分と世界を作り、自分の中に世界を取り込む能力を持つことだったのに知識はスマホ、パソコンに収納してしまい頭で考えたり覚えたりしなくなっている。パソコンだけに向かっていると表情を作る機会や笑うことも少なくなっている。そしていつもスマホをONにしておかないと友人からも疎外されたようになってしまうと感じているが、過去の経験に学んでIT時代における信頼関係の作り方を学ぶべきだと指摘する。
ITや機械は便利だが、それ自体が物を考えることはしない。人間の体力と知力を活用し新しい世界を構想しつかみとってゆくことが人間の役割であり、京都大学はその環境を整えるために次々と刺激的な講座、研究会などを作っているように見えた。
トップ写真:京都大学総長・山極壽一氏(中央)をゲストに迎えて。(TBSラジオ『嶌信彦 人生百景「志の人たち」』より)。嶌信彦事務所提供。
タグ:AI, IT, ゴリラ, スマホ, パソコン, 京都大学, 山極壽一, 嶌信彦
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