地の果てのコスモス それは宇宙の果て?
https://textview.jp/post/culture/42313 【宇宙は無限か、有限か カントの出した「答え」】より
不死なる魂をめぐる問いを斥(しりぞ)けたカントは、答えの出ない問いとして、さらに四つの「アンチノミー」を挙げ、なぜそれらに答えが出ないのかを示しています。アンチノミーとは、対立する二つの命題がどちらも証明できてしまい、どちらが正しいのか決着がつかない状態を指します。日本語では「二律背反(にりつはいはん)」とも訳されます。
では、カントはどんなアンチノミーを俎上(そじょう)にのせているのでしょうか。カントの表現を簡単に言い換えると次のようになります。
①宇宙は無限か、有限か
②物質を分解すると、これ以上分解できない究極要素に至れるか否か
③人間に自由はあるのか、それともすべては自然の法則で決定されているのか
④世界には、いかなる制約も受けないものが存在するのか否か
東京医科大学哲学教室教授の西 研(にし・けん)さんと第一のアンチノミーを読み解いていきましょう。
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この問いには、時間的に無限か有限か(宇宙に始まりはあるか否か)という問題、空間的に無限か有限か(宇宙には果てがあるか否か)という二つの問題が含まれていることに注意してください。
ちなみに、この問題は二択(有限か無限か)ですから、どちらかに答えが決まりそうに思えます。しかしカントは、どちらともいえないといいます。どうやってそれを示すのでしょうか。
カントはまず、有限説の立場をいったん取ったうえで、それでは矛盾が生じてくるから有限説は成り立たない、と証明します。そして次に、無限説の立場に立ってみる。するとやはり矛盾が起こってきて、それも成り立たないと証明します。こうして有限説も無限説もどちらも成り立たない、ということになってしまうのです。
ちなみに、「ある命題を真だと認めると、そこからこんな矛盾が生じる。だからその命題は間違いだ」と証明する方法のことを「背理法(はいりほう)」とか「帰謬論(きびゅうろん)」といいます。
では、カントの論証を確認してみましょう。
正命題(有限説)「世界(宇宙)は時間的に始まりをもち、空間的に見ても限界によって囲まれている」
反命題(無限説)「世界(宇宙)は始まりをもたず、空間におけるいかなる限界ももたない。時間的にも空間的にも無限である」
時間のほうを取り上げましょう。宇宙に「始まりがある」とします(有限説に立つ)。すると、その始まり以前はどうなっていたのかという疑問が生じますね。そこには空間も時間もなかったはずですが、何もないところに何かが生じるのはおかしい。
宇宙はビッグバンとともに始まった、といわれます。しかし、ビッグバンが起きる前はどういう状態だったのでしょう。「いや、ビッグバンによって空間と時間が始まったのであって、それ以前の時間などは存在しないのだ」といわれるかもしれません。でも、時間のないところに時間が突然始まったとすれば、ビッグバンを可能にした何かがあったはずだと考えられます。そうすると、有限説が主張する始まりは、決して、すべてが始まるという意味での真の始まりとは呼べないはずです。こうして、有限説は否定されてしまいます。
答えの出ないアンチノミー
今度は宇宙に「始まりがない」としましょう(無限説に立つ)。すると、現在までに無限の時間が過ぎ去ったことになる。しかし「無限」が「過ぎ去って」しまう、ということは矛盾である。無限に現在という限界点があるのはおかしい、ということです。
すこし言い方を変えてみると、わかりやすくなるかもしれません。スタート地点のない時間の流れを、どうやって現在にまで積み上げてきたのか、それは不可能ではないか、という議論だと考えてみてください。
レンガ積みをイメージしてみましょう。起点となる一個のレンガが据えられると、その上にどんどん積み上げていくことができます。しかし、最初の一個を積めないような場所(たとえば底なし沼など)に、レンガを積み上げることはできません。同様に、始まりのないところからいくら時を刻んでも現在に至ることは不可能です。こうして「始まりがなければ現在が成立しない」ということになりますから、「始まりはある」と考えなくてはなりません。
ここまで時間の観点で検討してきましたが、空間についても同じです。もし宇宙空間が有限だとすれば、宇宙の果ての向こう側はどうなっているのか、という疑問が生じます。逆に無限だとすると、今度は「ここ」を指定できなくなってしまいます(レンガの話を空間に置き換えてみてください)。
このように、有限説も無限説も誤っていて、どちらも「正しい」とはいえなくなってしまいました。宇宙は有限か無限かという問いは、決して答えの出ない問い、つまりアンチノミーだということになります。
■『NHK100分 de 名著 カント 純粋理性批判』より
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